イギリス在住の医師小野昌弘氏が,デルタ株の広がりと集団免疫について寄稿していました.題して「デルタ株とワクチン集団免疫の夢と現実」 その概要をまとめてみました. 1. ワクチンによるコロナの集団免疫というのは昔話.デルタ株にたいしては,ワクチンだけで集団免疫はできない. 2. ワクチンは,デルタ株による重症化も相当抑制する.しかし完全ではない. 3. 日本のワクチン接種には問題点がある.小野昌弘(イギリス在住の免疫学者・医師)

 今日も雨.各地の大雨被害は止まりそうもありません.そして,話題になりませんが,農地の作物は,そろそろ日照不足になっているのでは?

我が家の庭の草木は,雨の水を十分吸い込んで,表向きは元気.

1週間ほど前からジンジャーリリー(ヘディキウム)が次々咲いて,楽しませてもらっています.

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ジンジャーリリーの香りは素敵.一方,大雨被害は深刻.

ですが---やはり今日もこの話題.

 

止まらない感染爆発.

デルタ株の感染スピードには,日本だけではなく,多くの国で対策に手を焼いています.また,重症化のスピードも速いという印象を,実際に診療にあたっている多くの医師が持っています.

このようにやっかいなデルタ株の出現により,トンネルの出口の光は遠のき,ワクチンで社会全体をまもろうとすると,そのハードルがかなり高く(というより,「できない」というのが今日の話題),マスクなしの生活がいつ戻ってくるのか,先が見通せません.

 

 

「デルタ株に対しては集団免疫の獲得の可能性はない」オックスフォード大のアンドルー・ポラード教授

 

集団免疫という言葉をたびたび聞きます.

ワクチンや自然感染で免疫を持った人が一定の割合になると,免疫を持たない人もまもられる状態になり,結果として感染は収束していくことになります.

ワクチン接種により,個人の感染や発症が抑えられ,社会全体として集団免疫を獲得できる.

パンデミック収束の理想的な姿?

 

しかし,オックスフォード大のアンドルー・ポラード教授は「デルタ株に対しては集団免疫の獲得の可能性はない」とイギリス議会で証言しています.

英国の成人75%が2回接種 集団免疫獲得は困難との指摘:東京新聞 TOKYO Web

日本では,尾身会長(政府新型コロナウイルス感染症対策分科会)による同様な証言がありました.「仮に国民の70%に(ワクチン接種を)したとしても、残りの30%の人がプロテクトされることでは残念ながらないと思う」

接種70%でも集団免疫は困難との見通し 尾身氏が発言 [新型コロナウイルス]:朝日新聞デジタル

 

ポラード教授の言葉は尾身会長より更に強い表現のようで,その内容をもう少し知りたいと思っても日本語の記事は見当たりません.

英文で,例えば,Prof. Andrew Pollard of Oxford University Herd immunity などで検索すると多数の記事がヒットしますが,英文を読むのはしんどい---と思っていたところ---.

一昨日のYahoo Japan Newsに,イギリス在住の医師小野昌弘氏が,デルタ株の広がりと集団免疫について寄稿していました.

以下に,その概要をまとめてみました.

 

この寄稿では,イギリスの現状をもとにした分析から,集団免疫がデルタ株に対しては難しいこと,しかし,ワクチン接種は重症化を相当に抑制することが,分かりやすく解説されています.

後半部分の日本のワクチン政策の問題点を指摘し,「社会における犠牲者の最小化を目指す」というワクチン接種本来の目的の再確認が必要としています.その通りですね.

気になる部分はあります.特にこの後半.

日本のワクチン接種の問題点を指摘する根拠が,イギリスの事例にやや傾きすぎているように思える点(例えば,ドイツではアストラゼネカの接種に年齢制限を設けたものの,現在は解消していること Coronavirus: Germany opens up AstraZeneca COVID vaccines for all adults | News | DW | 06.05.2021 そしてデンマークは? Denmark continues exclusion of J&J, AstraZeneca COVID-19 vaccines | Reuters ),また,客観的と言うよりやや個人の思いに傾きすぎているきらいもある点,ワクチンを恐れている人への優しさが感じられない点等,気になる所は多々ありますが--,全体としては概ね賛同できる内容になっています.

詳細は,原文をお読みください.

 

 

デルタ株とワクチン集団免疫の夢と現実

小野昌弘(イギリス在住の免疫学者・医師)

https://news.yahoo.co.jp/byline/onomasahiro/20210814-00253177

news.yahoo.co.jp

要約

1. ワクチンによるコロナの集団免疫というのは昔話.デルタ株にたいしては,ワクチンだけで集団免疫はできない.

2. ワクチンは,デルタ株による重症化も相当抑制する.しかし完全ではない.

3. 日本のワクチン接種には問題点がある.

 

 

要約各項目の解説

1.  ワクチンによるコロナの集団免疫というのは昔話.デルタ株にたいしては,ワクチンだけで集団免疫はできない.

 

今年初めまでの英国型変異株(アルファ株)の流行では,ワクチンは流行抑制効果があったと考えられる.

イギリスでは今年はじめの大流行のなか,接種が先に行われた80代以上からまず重症化患者が減り出し,やがて流行も収束に向かった.イスラエルの冬の大流行は,同時進行するワクチン接種の広まりと同期して抑制に向かった.

どちらの国もロックダウンによる生活制限は課していたので当然その効果が主体であったが,ワクチン接種は高齢者から順番に行われたため,年代別の解析で,ワクチンをされた世代から先に重症化・新規感染いずれも減少した傾向が見えている.

しかし,これはすでにコロナの昔話となっている.ワクチン接種による流行制御の可能性が検討できたのはアルファ株までである.

デルタ株の登場で,この望みは絶たれたといってよい.

 

デルタ株は,従来株より2倍多くの人に感染させる(一人の感染者が平均して5-6人に感染をうつす).

また,デルタ株は,2回のワクチン接種を受けた人でも相当程度感染し,ワクチンを受けたひとがほかの人に感染させ流行を広げることがわかってきている.

これらの数字には大きな意味があり,計算上,ワクチンや自然感染で社会のほとんどの人がコロナにかからない状態にならない限り,流行そのものは収まらないことを意味している.

実際,イギリスでは全成人の9割がワクチン第一回接種を終了,75%が2回接種をしているにもかかわらず,封鎖全解除後に流行は再び増加して,8月13日現在,毎日3万人以上の新規感染者が出ている.

▽ワクチンだけで,デルタ株に対する集団免疫を達成して流行を自然収束させられる見込みは,いまのところ,ない.

▽人類の新型コロナ感染症に対する対応は長期にわたる.

 

 

2.  ワクチンは重症化を相当抑制する.しかし完全ではない.

 

イギリスでは,春の大きな流行のピーク時のすでに半分程度まで達しているが,日々の入院患者数(重症患者発生数)は800人程度であり,春のピーク時よりも5分の1程度である.

▽ワクチンの重症化・死亡抑制の効果は明瞭.しかし,2回のワクチン接種で重症化・死亡を完全に防げるわけではない.

現在のデルタ株大流行中の英国で重症化している患者の内訳はやはり高齢者に多い.

このことは,ワクチン接種による免疫の効果が高齢者では若干おちてしまうこと,少し早く減弱してしまうこととの関連が考えられている.

 

 

3. 日本のワクチン接種には問題点がある.

3-1. 日本のワクチン配布は,(本来の目的である)社会における犠牲者の最小化を目指すところからは程遠くなっている.デルタ株の特性をふまえて,ワクチン接種の目的を明確にし直す必要がある.

 

具体的問題点:

▽日本の多くの地域では,コロナ感染で重症化の危険がそれなりに高い40代,50代の接種は著しく遅れている.

▽日本では医療従事者の優先接種が行われた一方で,介護従事者の接種はいまなお遅れている.

 

諸外国の職業別接種は,社会のインフラ維持のためロックダウン下でも労働する必要があり,感染の危険にさらされている人たち(公共交通機関の従業員など)に対して検討・実施.

イギリスでは,クラスター防止のため,職業別接種で行われたのは,診療に従事している第一線の医療従事者と介護従事者のみ.

ワクチン接種計画の目的が何であるかが日本社会で理解を共有されないまま,泥縄式に進めてしまったのが現時点までの日本のワクチン接種であった.

総じて言えば,日本のワクチン配布は,社会における犠牲者の最小化を目指すところからは程遠くなっている.

 

 

3-2. デルタ株の大流行に脅かされた現状で,アストラゼネカのワクチンと,ファイザーなどのmRNAワクチンを比べて,「どちらのワクチンがよいか」という議論にあまり意味はない.

(「デルタ株の流行で,命が脅かされている現状があり,迅速にワクチン接種を進めるなくてはいけない.欧米で効果・安全性が十分に確認されているアストラゼネカのワクチンも積極的に接種をうながすべき」が小野医師の考えと思われます.明確には書いてありませんが. by yachikusakusaki)

 

ワクチンの目的を履き違えた日本での議論は,アストラゼネカのワクチン導入についてのぎくしゃくとした対応にも表れている.

アストラゼネカのワクチンは,ごく少ない数のひとに血栓症を起こしたことが話題として先行したため,導入が遅れたのだろう.

しかし,英国では多数はアストラゼネカのワクチンを接種され,副反応が大きな問題にならなかった.そして,大多数にワクチン接種を迅速に行えたおかげで6万人という命が救われたと疫学的に見積もられている.

実際,アストラゼネカのワクチンと,ファイザーなどのmRNAワクチンは,いずれも重症化を抑制する働きは同等である.

中和抗体の誘導と感染そのものの防止能力はmRNAワクチンのほうが若干高いと見積もられている一方で,アストラゼネカのワクチンはT細胞免疫の誘導効果が高いというデータもある.mRNAワクチンの副反応には,アナフィラキシーと心筋炎(心臓の筋肉の炎症)がある.

これらを考えると,「どちらのワクチンがよいか」という議論にあまり意味はない.

デルタ株の大流行に脅かされた現状で,欧米で効果・安全性が十分に確認されているワクチンのなかで,発熱などの軽微な副反応や,小さな感染防御効果の違いをとりあげて,どのワクチンが一番よいかという議論に耽るのは,実のところは退廃であると思う.

なぜならば,すでにワクチン接種を受けた,あるいは優先されることが明瞭だったひとたちでなければ,命の危険を前に,そのような小さなことを気にする余裕など実のところないのであるから.