今日は,葡萄という漢字について,調べてみました.
内容が入り組んでいて,うまくまとめられませんでしたが---
葡萄.
なぜか,レトロな感じを抱いてしまう漢字.“葡”も“萄”も,葡萄以外にはほとんど使われないせいでしょうか.
葡:
形声.艸と,音符匍(ホ,ブ)とから成る.
萄:
形声.艸と,音符匋(タウ)とから成る.
果樹の「葡萄(ブドウ)」に用いられる字,葡 | 漢字一字 | 漢字ペディア(角川新字源もほぼ同じ)
“葡萄”
もとの中国語でもブドウの意味.
ギリシャ語(botrus)が中国で葡萄と音訳されたという説があるそうです(日本語源大辞典 小学館).
葡も葡も,葡萄以外にほとんど用いられていないのはそのためでしょうか?
“葡萄”の読み方
中国読みピンインpú・táo(私は発音できませんが---)(白水社中国語辞典
そして
”葡萄”には日本語の読み方が二とおりある!
私は知りませんでした.
1つは,もちろん”ぶどう”.
初出は,本草和名(918年頃)(日本語源大辞典 小学館)とのこと.
もう一つの読み方は,“えび”.
“えび”と読んでも,意味は同じで現在のブドウをさします.ブドウの古名とされています.(⇒下記「葡萄蔓」参照)
初出は,日本書紀(720年)(日本語源大辞典 小学館).上記本草和名より200年前.
現在でも,“えび”の読み方が残っている例を,2つ探すことが出来ました.
▽1例目は
”葡萄色”(⇒*):これを”えび色”と読める方は,かなり少ない?
ただ,ご安心あれ.”ぶどう色”の読み方も認められています.ただし,えび色とぶどう色は,なぜか別々の色があてられているようです.
葡萄(ぶどう)の古名が葡萄(えび)ならば,同じ色と思ってしまいます----.いつの間にか異なる色を指すようになってしまったのかもしれません?
えび色,ぶどう色のどちらもJIS慣用色名には採用されていません.
えび色/ぶどう色がやや混乱しているように見えますが,更に混乱に拍車をかけていることがあります.
葡萄(えび)色に加えて,海老(えび)色がある!色自体は似ています.
もともと,海老(えび)と葡萄(えび)は色が似ています.エビ海老の語源は「色が葡萄に似ているから」という説もあるくらいですから.
えび海老;語源説として九つあるうちの第一が「体色がエビ葡萄に似ているから」(日本語源大辞典 小学館).
一方のえび葡萄.こちらは形態が海老に似ているから,この名になったのかもしれません.
えび葡萄;語源説,エビヅル,または,エビカヅラの略.カズラは鬚があり,海老に似ているからか.(日本語源大辞典 小学館)
(ここで引用した語源説通りだとすると,葡萄えびと海老えびが互いに語源となって循環してしまいます!?)
色の話に戻って
“海老色”もJIS慣用色名にはなっていませんが----
「えび」を“海老”と書いた“海老茶色”はJIS慣用色名.
また,
葡萄色(えびいろ)に近い使い方に“葡萄染め(えびぞめ)”があります.
ネット上の例示では,葡萄(えび)色とは違うように見えますが---.ぶどう色に近い?
▽“えび”の読み方が残っている2例目は
”葡萄蔓”:”エビヅル” .植物名です.
(ウィキペディアでは蝦蔓としています.現在では葡萄蔓,蝦蔓,どちらの書き方も許されているようです)
クロウメモドキ目 Rhamnales,ブドウ科 Vitaceae,ブドウ属 Vitis,
エビヅル V. ficifolia
「果実は小粒の液果で約5mm.10月半ばには黒く熟し食べられる」(樹木図鑑(エビヅル))とのこと.
このエビヅルやヤマブドウの古名がエビカズラ(葡萄蔓).
葡萄葛の語源説には三つあって,その一は「海老に似た蔓草であるから」とのこと(日本語源大辞典 小学館).
栽培種のブドウがいつ日本にやって来たのかは諸説あってはっきりしません.(⇒**)
ヤマブドウやエビヅルが,古代日本のブドウであった可能性の方が高く,
「ブドウの古名がエビ(葡萄)」と,
「エビヅルやヤマブドウの古名がエビカズラ(葡萄蔓)」は,同じことを言っている,
言い換えれば,
エビ葡萄と単独で用いられることは少なくエビカズラ葡萄葛として用いられていた
可能性が高い気がしています(素人考え)
精選版 日本国語大辞典の解説
えび‐かずら ‥かづら【葡萄葛】
〘名〙
① ブドウ科の植物類の古名。ヤマブドウ、エビヅルなどの古名。《季・秋》 〔本草和名(918頃)〕
最後に,野葡萄を“えび”と読ませている和歌一首
(この和歌の野葡萄は,植物名としてノブドウとされているものではなく,野にあるブドウ=ヤマブドウかエビヅルのことだと思われます)
山の上は秋となりぬれ野葡萄(えび)の実の酸(す)きにも人を恋ひもこそすれ 土屋文明
⇒*
葡萄色(えびいろ) 吉岡幸雄
文字どおり「ぶどう」色と読んでしまうが,この色名の由来は,古代から日本に自生していた「エビカズラ」(葡萄葛) にある.ヤマブドウの古名でる.
ヤマブドウは,山のなかに自生していて,少し開けて陽の射すところによく見られる.秋の終わりには葉が美しく紅葉し,実は紫色に熟す.
この実は食べても美味しく,ジャム,ジュース,ワインにもなり,今は東北地方では栽培もされている.
平安時代の物語や詩歌によく見られる色名で,やや赤味をおびた紫色という表現がふさわしいようである.
『源氏物語』「花宴」の巻では,主人公である光源氏が,右大臣邸の藤の花宴に招かれるが,まだ遅咲きの桜も残っている頃であったので,その出で立ちは,「桜の唐の綺の御直衣,葡萄染の下襲(したがさね),裾いと長く引きて……」とある.
この葡萄色の襲(かさね)は,四季に着用されるが,とくに冬から春にかけて着られたようである.ヤマブドウの生態からみれば,晩秋から初冬が好適かと思われる.
ブドウの汁で染めたものという説もあるが,平安時代に記された『延喜式』には,「葡萄綾一疋.紫草三斤.酢一合.灰四升.……」とある.紫草の根を臼で搗いて布袋に入れ,よく色素を揉み出した液で染め,椿の灰で発色させて紫の色を濃くするのである.
そのとき,紫草の根の液には少し酢を足しておく.それは,紫の色を赤味にする工夫である.
⇒**
栽培種のブドウがいつ日本にやって来たのか
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2018/03/26/000420
日本のブドウ
ブドウは,日本において,江戸時代に広く栽培が始まった“近世的果実”の代表とのこと(原田信男 江戸の果実 歴博くらしの植物苑だよりhttps://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/plant/column/2007/176.pdf).
日本書紀に「蒲陶 えびかづら」または「蒲子/えびかづらのみ」の記述があります.
これを根拠に「奈良時代には日本人がブドウを認識していた」と多くのサイトが記述しています.
しかし,「蒲陶 えびかづら」「蒲子/えびかづらのみ」は,栽培されているブドウとは別種のヤマブドウのこと.
【農作物の歴史特集】日本における葡萄の歴史 | なめがたヒストリー | なめがた日和[行方市]
イザナギの逃走、追うヨモツシコメとヨモツイクサ | 古事記・現代語訳と注釈〜日本神話、神社、古代史、古語
一説には,ぶどうは6~7世紀頃にシルクロードを通って中央アジアから中国にもたらされ、奈良時代、仏教とともに中国から日本に伝来したとされ,
(例えばhttp://www.winery.or.jp/basic/knowledge/)
さらに「文治2年(1186年)に甲斐国八代郡上岩崎村の雨宮勘解由によって再発見され、栽培がはじまったとされる」となっていますが---.
考古学的には栽培種ブドウの移入経路は解明されていないようで(甲州 (ブドウ) - Wikipedia),
再発見の記録も「甲州葡萄栽培法(明治14年)が伝えるのみで確証に乏しい」
(原田信男https://www.rekihaku.ac.jp/exhibitions/plant/column/2007/176.pdf)といわれています.
また,中国から輸入され山梨県固有種とされる「甲州」.古くから日本でぶどうが栽培されていたとする根拠の一つになっていました.
なぜおいしくなった? “日本ワイン”快進撃! - NHK クローズアップ現代+
しかし,後のDNA鑑定の結果,ヨーロッパブドウ(V. vinifera)と中国の野生ブドウ(V. davidii)が交雑したものが,さらにヨーロッパブドウと交配した品種である可能性が高いとのこと.
奈良時代伝来説には大きな疑問が投げかけられる結果です.甲州 (ブドウ) - Wikipedia
いずれにせよ,
ブドウの栽培が広く行われるようになったのは,江戸時代から.
松尾芭蕉が
「勝沼や 馬子も葡萄を食ひながら」
と詠んだように,甲府盆地勝沼町が栽培の中心で甲州の名産品となっていました.