“三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記[完全版]文藝春秋” をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズ.
古事記では,二つの場面で登場するカツラ.
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1. アマテラスが「この葦原の中つ国は,わが御子の統べ治めるくにである」と,オオクニヌシに国譲りを勧めるべく送り込んだ三番目の使者,キジのナキメが中つ国に降りたって止まったのがカツラの木でした.
2. また,兄ホデリ(ウミサチビコ)の釣り針をなくしてしまったホヲリ(ヤマサチビコ)は,釣り針を探してワタツミの宮へ行き,桂の木に登ってトヨタマビメを待ちます.
カツラは神聖な神の依りつく木とされていました(“三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記[完全版]文藝春秋”).
古事記原文では「湯津香木(ユツカツラ)」「湯津楓(ユツカツラ)」等と表記され,“ユツ”の意味は “清浄な”(斎つ),もしくは“多数”の意とのこと
そして,
この時のカツラは,モクセイであるとする説があり,三浦祐介氏も脚注で触れています.
しかし,湯浅浩史氏によれば,モクセイが日本に渡来したのは15世紀ごろ.
そうだとすれば,古事記の香木/楓は現在のカツラと考えて間違いないと言ってよいでしょう.
カツラとは - 育て方図鑑 | みんなの趣味の園芸 NHK出版 【楽天市場】植木・庭木を選ぶ(シンボル) > 落葉樹 > カツラ:グリーンロケット
カツラは桂ではない.
ショウブは菖蒲ではない.
アジサイは紫陽花でない.
それから,ハギも萩ではない.
樹もそうなのだ.ケヤキは
欅でない.シラカバは白樺でない.
ボダイジュも菩提樹でない.
日本の草や花や樹に当てられた
漢字は,古いむかしの中国で
まったく別の花や樹をいう名だった.(花の名を教えてくれた人 長田 弘)
そして,
カツラは桂ではない.
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”中国ではモクセイ(桂花)やニッケイ(肉桂)を表すときに用いられる「桂」を,“万葉の時代から平安時代にはカツラとあて違え”(湯浅浩史),その混乱が後世まで尾を引いていた”そうです.
“花に芳香のあるモクセイが日本に渡来する以前に,中国からその知識だけが先行して伝わり、またカツラの木灰を抹香の材料に使ったことから、香りのある木として誤って桂の字をあてたのであろう.(日本大百科事典 湯浅浩史)”
上記ニッポニカの湯浅氏の記述も含め,整理すると次のようになります.
カツラとは - コトバンク モクセイ(もくせい)とは - コトバンク 桂(かつら)とは - コトバンク 肉桂(ニッキ)とは - コトバンク 木犀の意味 - 中国語辞書 - Weblio日中中日辞典 桂 とは - 【@nifty辞書 powered by コトバンク】 カツラ Cercidiphyllum japonicum カツラ科 Cercidiphyllaceae カツラ属 三河の植物観察
和名抄(931~938ごろの成立)に“桂(モクセイのこと)の和名を女加豆良とする”とあるそうです. 桂(かつら)とは - コトバンク かつらとは - コトバンク
この記述をみて,
「古事記の香木/楓(かつら)は,桂だ.桂は中国ではモクセイのことだ.従って,古事記の香木/楓(かつら)はモクセイのことだ」
一見,正しそうです.
しかし,古事記の時代には,日本人がモクセイを見たことがなかったのですから,間違いと言えますね.
カツラは万葉集にも登場します.
カツラには “中国伝説で,月の世界に生えているという木”(日本国語大辞典)という意味があり,このことが詠み込まれた歌となっています.
万葉集 巻10 2202
黄葉する時になるらし月人の桂(原文:楓)の枝の色づく見れば 作者不詳
お月様のなかにある,桂の枝が色づいて,月の色も変わってきたのを見ると,もう紅葉する時分になったに違いない.
▽国学院大学 万葉神事時辞典
桂の木は中国の伝説によると月の世界に生えている不老不死の木である.天上界の月中の桂が黄葉するのを見て,下界の季節の推移を知るという歌である.ただこの歌の「月人」は月そのもの(『沢瀉注釈』『釈注』など)と,月中の人(『講談社』など)という解釈の違いが見られる.