大晦日ということばあれこれ 「みそか」は,“ミトヲカ(三十日)の転”. 「晦」一文字で “陰暦で月の最終日.月のないやみ夜”の意. ぢりぢりと,/蝋燭(ろふそく)のもえつくるごとく,/夜となりたる大晦日(おおみそか)かな.   石川啄木 大晦日は古くは「おおつごもり」あるいは「おおどし」「おおとし」 火のめぐり水のめぐりを浄めおり大晦日(おおつごもり)の雪は降り来る      中野照子

晦日(おおみそか)も夜更け.新しい年をむかえようとしています.

 

ぢりぢりと,/蝋燭(ろふそく)のもえつくるごとく,/夜となりたる大晦日(おおみそか)かな.   石川啄木(悲しき玩具)

 

 

今,手もとにある古今和歌歳時記(鳥居正博 教育社)は,季節を詠んだ和歌を膨大な数網羅したうえ,解説が加えられ,和歌にも日本語に対しても知識が不足している私にとっては貴重な書.

今日はこの労作を主な情報源として,大晦日という言葉についてまとめてみたいと思います.

 

f:id:yachikusakusaki:20211231235739j:plain



みそか

晦日(おおみそか)は年の終わりで,月の終わりが晦日みそか).「大」をつけて最後の晦日を表していることは誰もが知っていること.

 

みそか」の語源説として,“ミトヲカ(三十日)の転”が挙げられています(日本語源大辞典 小学館).みそかを「三十日」と表記することがあるので,この説は受け入れやすいですね.

晦日」は音読みでは“かいじつ”で,漢語由来.「晦」一文字で “陰暦で月の最終日.月のないやみ夜”(角川字源)を表します.

「晦」に対し,「朔」は “陰暦で,毎月の第1日” .

二つ合わせた「朔晦」(陰暦のついたちと,みそか)や,「望」と合わせた「朔望」(1日と15日)という言葉もあるそうです.

 

 

つごもり

「おおみそか」という言い方は,近年のもので,古くは「おおつごもり」(大晦)あるいは「おおどし」「おおとし」(大年)と言い表したとのこと.

日本書紀紫式部日記につごもりの記載があります,

 

書紀(720)仁徳三八年七月(前田本訓)「時に、毎夜(よなよな)、菟餓野(つかの)より、鹿(しか)の鳴(ね)聞ゆること有り。〈略〉月尽(ツコモリ)に及んで、鹿の鳴(ね)聆(きこ)えず」

 

紫式部日記

つごもりの夜,追儺(ついな)はいと疾くはてぬれば,鉄漿(はぐろめ)つけなど,はかなきつくろひどもすとて,うちとけたるに

 

平安期の大晦日の夜には,鬼払いの行事が行われていたのですね. 今は立春の前日の節分の夜に行われていますが.

 

つい‐な【追儺

〘名〙

① 朝廷の年中行事の一つ。大晦日の夜、悪鬼を追いはらうための儀式。疫病その他の災難を追放しようとするもので、古く中国に始まり、日本では慶雲三年(七〇六)に初めて行なわれ、次第に社寺・民間でも行なわれるに至った。後世は節分の夜、豆をまいて禍を追う行事となった。おにやらい。なやらい。な。《季・冬》

 

 

「つごもり」の語源は,“ "月が隠れる日"すなわち「月隠〔つきごもり〕」が訛ったもので、どちらも毎月の末日を指します(ニッポニカ)” というのが多数意見ですが----.日本国語大辞典は「この説は極めて疑問」として,異説を展開しています.

 

つごもり

日本国語大辞典 [語誌](1)語源として単純なキの音節の脱落による(ツキゴモリ→ツゴモリ)という説は、他に類例がなく極めて疑問。意味上対をなすツイタチと音節数の平衡性を保つためにキが脱落したという見方もあるが、上代の複合語形成の原則からは、ツキタチ・ツキゴモリよりもツクタチ・ツクゴモリの方が自然であり、従ってツクゴモリ→ツウゴモリ→ツゴモリという変化過程も考えられる。

 

 

火のめぐり水のめぐりを浄めおり大晦日(おおつごもり)の雪は降り来る      中野照子(花折峠