アポローン(9)/ ヒュアキントス 「 ---私はおまえに代わって死んでやりたい! しかしそれもかなわぬことゆえ,おまえを記憶と歌との中で私といっしょに暮らせるようにしてあげよう.私の竪琴におまえを褒め讃えさせ,私の歌におまえの運命を語らせよう. そしてまたおまえ自身は,私の嘆きを記した花にしてあげよう」

アポローンがこよなく愛した美少年ヒュアキントスの物語:

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Hyakinthos – Wikipédia

 

既に本ブログで何回か取り上げていますが,改めて:

 

オウィディウス転身物語(変身物語 Metamorphoses、メタモルポーセース)では,天才的楽人オルペウス(オルフェウス)が歌う物語で構成された巻10の四 「花になったヒュアキントス」として描かれています.

オウィディウスは,アポローンがヒュアキントスをいかに愛していたかをオルペウスに美しくうたわせています.

 

「花になったヒュアキントス」の冒頭は次の通り

 

オウィディウス 転身物語 田中秀央・前田敬作訳 人文書院

「おお,アミュクラスの息子(ヒュアキントス)よ.もしままならぬ運命がその時間をあたえてくれたならば,ポエブス(アポローン)は,きっとおまえをも天上に引き上げてくれたことだろう.

 

しかし,それでも,ゆるされた範囲内では,おまえも(*)不死の存在である.春が冬を追いはらい,白羊宮が雨をふくむ魚座とかわるたたびに,おまえはよみがえって,緑なす草原に美しい花をひらく.

わたしの父は,おまえをこよなく愛し,父(**)がエウロタスの河辺と城砦なきスパルタの町におまえを訪ねていっているあいだは,世界の中心デルビは,その守護神をうしなったのである.かれは,その七弦琴も弓矢もすべてかえりみなかった.それどころか,自分が神であることもわすれて,おまえのために網をもち,犬をひき,けわしい山の頂きをおまえの伴侶(とも)となって歩きまわり,こうしてながいあいだおまえの身のまわりにいることでその情熱をさらにもやすのだった」

 

(*) 「花になったヒュアキントス」の前に置かれた物語「美少年ガニュメデス」では,わしに変身したユピテル(ゼウス)が,ガニュメデスを掠って天上に連れ去り,酒杯の用意をし,ネクタルを注ぐ役目を与えています.

(**)オルペウスは,アポローンに竪琴を学び,また「オルペウスの名目上の父はアポローン」(アポロドーロス)とされています.

 

この冒頭の歌に続いて,ヒュアキントスの物語が語られます.

 

先にこのブログで引用したトマス・ブルフィンチ版(大久保博 訳 ギリシアローマ神話(上)角川文庫)の内容は,ほぼこの転身物語に沿った物語となっています.

 

以下,再び一部を転載します.

トマス・ブルフィンチ,大久保博 訳 ギリシアローマ神話(上)角川文庫 より

 

アポローンはヒュアキントスという名の少年を非常にかわいがっていました.そこで,いろいろな運動にこの少年を連れて行きました.

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ある日のこと,二人は円盤投げの遊びをしていました.

アポローンは円盤を頭上たかく振りあげ,力に技を加えて,それを高く遠くへとばしました.

ヒュアキントスは円盤の飛ぶ様子をじっと見つめていましたが,この遊びに心を躍らせて,つい自分も投げてみたい一心から,その円盤を捕らえようと駆け寄りました.

その時この円盤が地面からはねかえり,ヒュアキントスの額に当たったのです.(*)

彼は気を失って倒れました.

アポローンは,少年と同じようにまっ青な顔をして,彼を抱きおこすと,その傷口から流れ出す血を止めて彼の去りゆく命を何とかとりもどそうと,自分のもっているあらゆる術を試みたのですが,すべて徒労に帰してしまいました.    -----

「 ---私はおまえに代わって死んでやりたい!

しかしそれもかなわぬことゆえ,おまえを記憶と歌との中で私といっしょに暮らせるようにしてあげよう.私の竪琴におまえを褒め讃えさせ,私の歌におまえの運命を語らせよう.

そしてまたおまえ自身は,私の嘆きを記した花にしてあげよう」

アポローンがこう話している間にも,どうでしょう,いままで地面に流れて草を染めていた血潮はもう血ではなくなってきました.

そしてテュロス染めの衣よりももっと美しい色をした花が咲きでてきたのです.その花は百合に似ていましたが,百合の花が銀白色であるのに,この花は深紅色をしていたのです.

そして,ポイボス(アポローンのこと;「光明神」と訳される)はこれだけでは満足せず,更に大きな名誉を与えるために,その花びらに「ああ!ああ!という文字(ギリシャ文字でαι αιと綴る)を書きしるしたのです.この花にはヒュアキントスという呼び名がついていて,毎年,春が巡ってくると,この少年の悲しい思い出をよみがえらせるのです.

 

 

(*)一説には,ゼピュロス(西風の神)もこのヒュアキントスが好きだったのですが,少年がアポローンの方に惹かれるのを恨んで,あの円盤が針路をはずれてヒュアキントスにあたるようにわざと風を吹かせたのだとも言われています.

 

(**)日本語の多くのサイトでは,ヒュアキントスが変身したのは「ヒアシンス」としていますが,この花は,現在ヒアシンスとよばれている花とは異なると考えられています.

・「ギリシアローマ神話(上) トマス・ブルフィンチ,大久保博 訳 角川文庫」:現在のヒアシンスではない.アヤメ科の一種か,さもなければ,ひえんそう,あるいは,パンジーの一種.

ランダムハウス英語辞典 hyacinth【4】 美少年 Hyacinthus の血から生じたと伝えられる植物;アイリス,グラジオラス,ヒエンソウなど

HYACINTHUS (Hyakinthos) - Spartan Prince of Greek Mythology

The grieving Apollon then transformed the dying youth into a larkspur flower (hyakinthos in Greek) which he inscribed with the wail of mourning "AI, AI."

悲しみに暮れるアポロンは、瀕死の若者をラークスパーの花(ヒエンソウ: ギリシャ語でhyakinthos)に変え、嘆きの叫びを「AI、AI」と刻んだのです。

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