アプロディーテー12  「わたしは,これから先々は神々の間で,いつまでも,また絶えず大いなる恥辱を忍ぶ身となるでしょう.死すべき身の人間の男と臥所を共にして,帯の下に子を妊ったのですから.わたしは, わが子を連れて,五年目にまたここに来ることにします.もしみだりに口外し,うるわしく花冠戴くキュテーラ女神と愛の交わりを遂げたと心愚かにも誇ったりすると,ゼウスは怒りに燃え,そなたに煙上げる雷霆を投じるでありましょう」 アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 5

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 5

 ホメーロスの諸神賛歌(沓掛良彦訳 筑摩書房)より

 

アフロディーテー讃歌5歌では,他の神々にその力を発揮してきたこの女神が,みずから人間の男であるアンキーセースを恋するはめに陥り,彼の子供を宿すこと,そしてこの子こそ,ヘクトールの一統がたえたあと,トロイア王家の血を伝えるアイネイアースであることが歌われます.(四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より 逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫

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アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 1

アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)7 アンキーセースとの恋1 ムーサよ語れ,キュプリス女神,黄金ゆたかなアフロディーテーの御業(みわざ)を, 女神は神々の心に甘い恋への憧れをかきたて, 死すべき身の人間の族(うから)も,空を飛びかう鳥をも, また陸と海とが育むあらゆる獣の類をも,その御心に従える. 生きとし生けるものはなべて,うるわしい花冠戴くキュテーラ女神の御業に心よせる. 

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 2

アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)9 ゼウスは女神の心に,アンキーセースへの甘い憧れをかきたてた.

微笑を喜ぶアフロディーテーは,その姿を一目眼にすると,たちまち恋心を抱き,甘い憧れが狂おしくその胸をとらえた.カリス女神がアフロディーテーに浴(あ)みさせ,女神の肌に 永遠にいます神々の肌に匂う不死の香油,甘く香る神油(アムブロシア)を塗った.アンキーセースのみは牛舎に居残り,ただ一人離れて,朗々と竪琴を奏でながら,かなたこなたと歩きまわっていた.

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 3

アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)10 「ようこそ,尊い御方.浄福なる神々のどなたがこの家へおいでなされたのか」「わたしは神ではありません.ヘルメースはわたしをここへ連れておいでになりました.わたしはアンキーセース様の臥所に入り,正妻と呼ばれて その方のために立派な子を産むことになっている,とのこと」「今ここであなたと愛の交わりを遂げるまでは, 神々であれ人間であれ,誰一人としてわたしの邪魔はさせますまい」

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 4

アンキーセースを眠りから覚めさせ,その名を呼んでこう言った.「起きよ,ダルダノスの後裔(すえ)よ」「この眼で御姿を拝しましたときに,女神であられると,すぐさまわかったのでありました.あなた様の方が本当のことをおっしゃらなかったのでございます」「このわたしからも,他の神々からも災いを蒙ることはありませぬ.そなたにはトロイア人の王となる大切な息子が生まれ,その子にはアイネイアースとの名がつけられうでしょう」

 

 

「アンキーセースよ,死すべき身の人間のうち最も誉れ高い者よ,

元気を出すがよい.心にむやみに怖れを抱いたりせずともよい.

そなたは神々の寵愛を受けている身ですから,

このわたしからも,他の神々からも災いを蒙ることはありませぬ.

そなたにはトロイア人の王となる大切な息子が生まれ,

その子孫は次々と絶えることなく続くでありましょう.

その子にはアイネイアースとの名がつけられうでしょう,

私は人間の男と臥所を共にしたために,ひどい悲嘆(アイノン・アコス)におそわれましたから.

ですが,そなたの血統の者たちはいつの世も,その容姿といい背丈といい,

死すべき身の人間たちの中で最も神に近い人たちです.

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さて,わたしはそなたゆえに,これから先々は神々の間で,

いつまでも,また絶えず大いなる恥辱を忍ぶ身となるでしょう.

神々は,私がそれを用いて神々を一人残らず人間の女たちと交わらせた,

わたしの口説と知略とをかつては恐れていたものでした.

あらゆる神々をわたしの意に従えることができたからなのです.

 

ところが,いまとなってはもう決して,神々を前にして

わたしが口を開き,このことを言い出すことはありますまい.

惨めな,口にするのも忌まわしいありさまで正気を失い,

死すべき身の人間の男と臥所を共にして,帯の下に子を妊(みごも)ったのですから.

その子はこの世に生まれ出で,日の光を仰ぐやいなや,

高く聳(そび)え立つこの聖なる山に住む,ゆたかな胸のニンフたちが養い育てることでしょう.

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さてわたしは,この胸のうちを残らずそなたに告げるため,

わが子を連れて,五年目にまたここに来ることにします.

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もしそなたに死すべき身の人間の誰かが,

そこもとのご子息を帯の下に妊った母はどなたかと,尋ねたら,

忘れずに,わたしの命ずるがままに答えるのです.

この子は森におおわれたこの山に住む,

咲く花のような顔(かんばせ)のニンフが産んだ子だと人は言う,と.

もしみだりに口外し,うるわしく花冠戴くキュテーラ女神と

愛の交わりを遂げたと心愚かにも誇ったりすると,

ゼウスは怒りに燃え,そなたに煙上げる雷霆(らいてい)を投じるでありましょう.

さてこれで何もかも話しました.そなたはとくと肝に銘じ,

心してわが名を口にせぬように.神々の怒りを畏れよ」

こう言うと,風吹きわたる天上へと急ぎ立ち去った.

さらば,みごとに築かれたキュプロスをしろしめす女神よ,

わたしはあなたと歌うことからはじめたが,さて他の讃歌(ほめうた)へと移ろう.

 

 

 

 トロイ戦争でトロイが敗北した後、年老いたアンキーセースは、息子のアイネイアースに連れられて炎上している都市から脱出した。また、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の中で、カシアスがブルータスにシーザーを殺害するよう説得する際の演説にも、この救出劇が登場する。

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