アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 5
アフロディーテー讃歌5歌では,他の神々にその力を発揮してきたこの女神が,みずから人間の男であるアンキーセースを恋するはめに陥り,彼の子供を宿すこと,そしてこの子こそ,ヘクトールの一統がたえたあと,トロイア王家の血を伝えるアイネイアースであることが歌われます.(四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より 逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫)
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 1
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 2
アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)9 ゼウスは女神の心に,アンキーセースへの甘い憧れをかきたてた.
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 3
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 4
「アンキーセースよ,死すべき身の人間のうち最も誉れ高い者よ,
元気を出すがよい.心にむやみに怖れを抱いたりせずともよい.
そなたは神々の寵愛を受けている身ですから,
このわたしからも,他の神々からも災いを蒙ることはありませぬ.
そなたにはトロイア人の王となる大切な息子が生まれ,
その子孫は次々と絶えることなく続くでありましょう.
その子にはアイネイアースとの名がつけられうでしょう,
私は人間の男と臥所を共にしたために,ひどい悲嘆(アイノン・アコス)におそわれましたから.
ですが,そなたの血統の者たちはいつの世も,その容姿といい背丈といい,
死すべき身の人間たちの中で最も神に近い人たちです.
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さて,わたしはそなたゆえに,これから先々は神々の間で,
いつまでも,また絶えず大いなる恥辱を忍ぶ身となるでしょう.
神々は,私がそれを用いて神々を一人残らず人間の女たちと交わらせた,
わたしの口説と知略とをかつては恐れていたものでした.
あらゆる神々をわたしの意に従えることができたからなのです.
ところが,いまとなってはもう決して,神々を前にして
わたしが口を開き,このことを言い出すことはありますまい.
惨めな,口にするのも忌まわしいありさまで正気を失い,
死すべき身の人間の男と臥所を共にして,帯の下に子を妊(みごも)ったのですから.
その子はこの世に生まれ出で,日の光を仰ぐやいなや,
高く聳(そび)え立つこの聖なる山に住む,ゆたかな胸のニンフたちが養い育てることでしょう.
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さてわたしは,この胸のうちを残らずそなたに告げるため,
わが子を連れて,五年目にまたここに来ることにします.
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もしそなたに死すべき身の人間の誰かが,
そこもとのご子息を帯の下に妊った母はどなたかと,尋ねたら,
忘れずに,わたしの命ずるがままに答えるのです.
この子は森におおわれたこの山に住む,
咲く花のような顔(かんばせ)のニンフが産んだ子だと人は言う,と.
もしみだりに口外し,うるわしく花冠戴くキュテーラ女神と
愛の交わりを遂げたと心愚かにも誇ったりすると,
ゼウスは怒りに燃え,そなたに煙上げる雷霆(らいてい)を投じるでありましょう.
さてこれで何もかも話しました.そなたはとくと肝に銘じ,
心してわが名を口にせぬように.神々の怒りを畏れよ」
こう言うと,風吹きわたる天上へと急ぎ立ち去った.
さらば,みごとに築かれたキュプロスをしろしめす女神よ,
わたしはあなたと歌うことからはじめたが,さて他の讃歌(ほめうた)へと移ろう.
了
トロイ戦争でトロイが敗北した後、年老いたアンキーセースは、息子のアイネイアースに連れられて炎上している都市から脱出した。また、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』の中で、カシアスがブルータスにシーザーを殺害するよう説得する際の演説にも、この救出劇が登場する。