ホメーロス風讃歌から,アンキーセースとアプロディーテーの物語「アフロディーテー讃歌5歌」を取り上げてきましたが---
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掲載の間隔を開けてしまいました.今日は内容のほとんどが,前回,前々回の繰り返しです.
アフロディーテー讃歌5歌では,他の神々にその力を発揮してきたこの女神が,みずから人間の男であるアンキーセースを恋するはめに陥り,彼の子供を宿すこと,そしてこの子こそ,ヘクトールの一統がたえたあと,トロイア王家の血を伝えるアイネイアースであることが歌われます.(四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より 逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫)
アプロディーテーは,しばしば美の女神,愛の女神と称されますが,その機能の最たるものは,生殖と豊穣をもたらす力で,人間の場合も,さらには神々の場合にも,恋心と性欲との両局面は区別されることなく,アプロディーテーの御業,すなわち力の顕われとして表現されます.(四つのギリシャ神話 岩波文庫)
なお,古典古代においては,人間・神々の性衝動は動物のそれと区別されず,アプロディーテーは動物の性欲も支配していることがこの讃歌の中でも示されています.
また,この讃歌では,ゼウスが「アフロディーテー自身の心にも,死すべき身の人間と交わりたい,との甘い憧れを抱かせた」とされています.
神々の王,ゼウスもしばしばプロディーテーの力に屈しますが,その復讐として,女神の権威を失墜させ,その力をそごうとしたと考えられます(ホメーロスの諸神賛歌 筑摩書房 解説)
アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌)2
ムーサよ語れ,キュプリス女神,黄金ゆたかなアフロディーテーの御業(みわざ)を,
女神は神々の心に甘い恋への憧れをかきたて,
死すべき身の人間の族(うから)も,空を飛びかう鳥をも,
また陸と海とが育むあらゆる獣の類をも,その御心に従える.
生きとし生けるものはなべて,うるわしい花冠戴くキュテーラ女神の御業に心よせる.
されど三柱の女神だけは,この女神も説き伏せることも欺くこともできない.
それはまず神威楯(アイギス)もつゼウスの娘,きらめく眼のアテーナー.
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微笑’ほほえみ)を喜ぶアフロディーテーはまた,黄金の矢たずさえ,
獲物追う叫び声あげるアルテミスも恋の道に従わせることはできない.
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アフロディーテーの業は,畏(かしこ)い処女神ヘスティアーの心にもかなわない.
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これらの女神ばかりは,アフロディーテーも説き伏せることも,欺くこともできない.
だが他の者ならば,浄福なる神々にせよ,死すべき身の人間にせよ,
誰一人アフロディテーの手を逃れることはかなわない.
最大に神にしてこの上ない栄誉頒(わか)ち持つ,
ゼウスの心さえも,女神は惑わしたのだ.
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さて,ゼウスはほかならぬこのアフロディーテー自身の心にも,
死すべき身の人間と交わりたい,との甘い憧れを抱かせた.
この女神にも疾(と)く人間の臥所(ふしど)を知らしめて,微笑みを喜ぶアフロディーテーが心地よげに笑って,
「わたしは男神たちを死すべき身の人間の女たちと交わらせ,女たちは不死なる神々のために死すべき身の息子たちを産んだ」などと,
神々のいならぶ中で自慢して言うことのないように,との御心であった.
そこでゼウスは女神の心に,アンキーセースへの甘い憧れをかきたてた.
その折,アンキーセースは泉多いイーダーの峰で
牛を放していたが,その姿は神ともまがうばかりであった.
微笑を喜ぶアフロディーテーは,その姿を一目眼にすると,
たちまち恋心を抱き,甘い憧れが狂おしくその胸をとらえた.
そこでまずキュプロスへと赴き,
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カリス女神がアフロディーテーに浴(あ)みさせ,女神の肌に
永遠にいます神々の肌に匂う不死の香油,甘く香る神油(アムブロシア)を塗った.
さて,その肌に美しいをすっかりまとい
-----トロイアへと急いだ.
-----嶺を踏んでまっすぐに牧人の小屋へと歩んでいった.
すると女神の後を追って,灰色の狼,輝く眼の獅子,
熊,飽くことなく鹿追い求める足速い豹が,尾を振りながら着いてきた.
女神はそれを見て心に悦びを味わい,
獣たちの心に甘い欲情を投じると,その獣たちはどれも
2匹ずつ寄り添って,暗い蔭なす谷で交わった.
しかし女神自身はみごとに造られた小屋に至り,
神々に由来する美しい容姿をもつアンキーセースが
他の牧人たちと離れて,ただ一人小屋に残っているのを眼にとめた.
他の者たちは緑ゆたかな牧場で牛を追っていたが,
アンキーセースのみは牛舎に居残り,ただ一人離れて,
朗々と竪琴を奏でながら,かなたこなたと歩きまわっていた.
ゼウスの御娘アフロディーテーはかの者の前に立ったが,
アンキーセースがその眼で眺め,怖れ畏(かしこ)んだりせぬように,との心で,
背丈も容姿も未婚の処女(おとめ)に似せた姿をしていた.
アンキーセースは女神の姿に眼をとめ,じっと見守ると,
その姿,その背丈,それにきらめく衣裳に驚嘆した.
身にまとった衣は火焔をあざむくばかりに輝き,
渦巻形の腕輪と燦然と輝く耳飾りをつけ,
やわらかなうなじの周りにかけた首飾りはいとも美しく,
黄金造りで綾なす色をしていた.それはやわらかな胸のあたりで
月の光のように耀(かがよ)い,見るも驚きであった.
愛欲の念がアンキーセースをとらえ,彼は女神に向かって言葉をかけた.
続く