昨日から,アンキーセースとアプロディーテーの物語を取り上げています.
このブログで引用しているギリシャローマ神話原典は,ホメーロス風讃歌第5歌アフロディーテー讃歌.
日本語訳としては,ホメーロスの諸神賛歌(沓掛良彦訳 筑摩書房)を用いましたが,岩波文庫からも翻訳書が出版されています.
この翻訳文には,前書きとしてこの讃歌の解説が載せられています.
性愛の女神としてのアプロディーテーの役割,そして,アンキーセースとの恋物語の意味するものが,簡潔にまとめられています.
今日は,時間がなかったこともあり,この解説文をお借りして掲載して,明日につなげます.
アプロディーテーへの讃歌解説(前書き)
逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫
アプロディーテー(ローマ神話ではウェヌス,これを英語読みしたのがヴィーナス)は,しばしば美の女神,愛の女神と称されるが,その機能の最たるものは,生殖と豊穣をもたらす力である.
古典古代においては,動物の性衝動と,人間のそれとは同一のものとしてとらえられている.つまり人間の場合も,さらには神々の場合にも,恋心と性欲との両局面は区別されることなく,アプロディーテーの御業,すなわち力の顕われとして表現される.
あらゆる動物に生殖本能があるように,神々や人間も性欲にさからうことができない.
以下の讃歌では,他の神々にその力を発揮してきたこの女神が,みずから人間の男であるアンキーセースを恋するはめに陥り,彼の子供を宿すこと,そしてこの子こそ,ヘクトールの一統がたえたあと,トロイア王家の血を伝えるアイネイアース(*)であることが歌われる.
その途中,ゼウスにさらわれたガニュメーデース,暁の女神エーオースに愛されたディトーノスの物語が,この一族の神々から受けた愛の例として引かれる.
この歌の隠れた目的はアイネイアースの子孫であると称する一族の来歴を示し,それをたたえることにあるといえよう.
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ギリシア神話におけるトロヤの英雄.ラテン名はアエネアスAeneasで,女神アフロディテとアンキセスの子.『イリアス』ではヘクトルと並ぶトロヤ軍最強の武将としてギリシア軍に恐れられた.
敬虔(けいけん)な性格のゆえにつねに神の保護を受け,ディオメデスとの一騎打ちではアフロディテに,アキレウスとの戦いではアポロンに救われる.
預言の神アポロンは,彼とその子孫が将来トロヤを支配するであろうと告げたが,ホメロス以後の伝承によると,トロヤ滅亡後,彼は一族とともにトラキアやマケドニアの沿岸を航行してシチリア島に渡り,やがてイタリアに到着してローマを建設したと伝えられる.
この伝説は,早くから神々と国家への忠義を尊ぶローマ人に受け入れられ,のちにウェルギリウスは『アエネイス』を書いて伝説を集大成した.この作品では英雄が神の命令でトロヤを脱出し,地中海放浪の苦難とラティウムでの戦争の試練を経たのち,宿敵トゥルヌスを倒してローマの前身都市ラウィニウムを築くまでが語られている.
[小川正広]