アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 4
アフロディーテー讃歌5歌では,他の神々にその力を発揮してきたこの女神が,みずから人間の男であるアンキーセースを恋するはめに陥り,彼の子供を宿すこと,そしてこの子こそ,ヘクトールの一統がたえたあと,トロイア王家の血を伝えるアイネイアースであることが歌われます.(四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より 逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫)
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 1
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 2
アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)9 ゼウスは女神の心に,アンキーセースへの甘い憧れをかきたてた.
(アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 3
さて牧人たち牛や丸々肥えた羊たちを追って,花咲き乱れる牧場から牧舎へ連れ戻す頃になると,
女神はアンキーセースには心地よい熟睡(うまい)をそそぎかけ,
みずからはその肌に美しい衣をまとった.
いともとお解き女神はその肌にすっかり衣裳をまとうと
小屋の中にそっと立ったが,その頭は見事な造りの天上の梁にまで届き,
うるわしい花冠戴くキュテーラ女神のものである
神々しい美しさがその両の頬には耀いていた.
そこでアンキーセースを眠りから覚めさせ,その名を呼んでこう言った.
「起きよ,ダルダノスの後裔(すえ)よ,なぜ熟睡にひたっているのです.
さあ,このわたしがそなたが最初に眼にとめた時と,
同じ姿に見えるかどうか,とくと考えてみるがよい」
アンキーセースはただちに目覚め,女神の言葉に従った.
しかし,アプローディーテーのうなじと美しい瞳をみるなり,
畏怖(おそれ)にはっと胸をつかれて,眼を脇にそらせた.
そして床の覆いをかかげて美しい顔を隠すと,
女神に向かって歎願しつつ,翼ある言葉を放った.
「女神さま,この眼で御姿を拝しましたときに,
女神であられると,すぐさまわかったのでありました.
あなた様の方が本当のことをおっしゃらなかったのでございます.
ですが神威楯(アイギス)もつゼウス様にかけ,御膝にすがってお願い申します.
どうかこのわたしが,人間たちの間にあって,精気の失せた者として生きてゆくことのないようになしたまえ.憐れみをかけたまえ.
不死なる女神と臥所(ふしど)を頒(わか)った男は精気を失う,と申しますから」
かれに答えて,ゼウスの御娘アフロディーテーは言った.
「アンキーセースよ,死すべき身の人間のうち最も誉れ高い者よ,
元気を出すがよい.心にむやみに怖れを抱いたりせずともよい.
そなたは神々の寵愛を受けている身ですから,
このわたしからも,他の神々からも災いを蒙ることはありませぬ.
そなたにはトロイア人の王となる大切な息子が生まれ,
その子孫は次々と絶えることなく続くでありましょう.
その子にはアイネイアースとの名がつけられうでしょう,
私は人間の男と臥所を共にしたために,ひどい悲嘆(アイノン・アコス)におそわれましたから.
ですが,そなたの血統の者たちはいつの世も,その容姿といい背丈といい,
死すべき身の人間たちの中で最も神に近い人たちです」
続く