アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)10  「ようこそ,尊い御方.浄福なる神々のどなたがこの家へおいでなされたのか」「わたしは神ではありません.ヘルメースはわたしをここへ連れておいでになりました.わたしはアンキーセース様の臥所に入り,正妻と呼ばれて その方のために立派な子を産むことになっている,とのこと」「今ここであなたと愛の交わりを遂げるまでは, 神々であれ人間であれ,誰一人としてわたしの邪魔はさせますまい」 アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌)3

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 3

 ホメーロスの諸神賛歌(沓掛良彦訳 筑摩書房)より

 

アフロディーテー讃歌5歌では,他の神々にその力を発揮してきたこの女神が,みずから人間の男であるアンキーセースを恋するはめに陥り,彼の子供を宿すこと,そしてこの子こそ,ヘクトールの一統がたえたあと,トロイア王家の血を伝えるアイネイアースであることが歌われます.(四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より 逸見喜一郎・片山英男訳 岩波文庫

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Anchises - Wikipedia
 

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 1

アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)7 アンキーセースとの恋1 ムーサよ語れ,キュプリス女神,黄金ゆたかなアフロディーテーの御業(みわざ)を, 女神は神々の心に甘い恋への憧れをかきたて, 死すべき身の人間の族(うから)も,空を飛びかう鳥をも, また陸と海とが育むあらゆる獣の類をも,その御心に従える. 生きとし生けるものはなべて,うるわしい花冠戴くキュテーラ女神の御業に心よせる. アフロディーテー讃歌(ホメーロス風讃歌第五歌)1 - yachikusakusaki's blog )

 

 

アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌) 2 

アプロディーテー(ウェヌス / ヴィーナス)9 ゼウスは女神の心に,アンキーセースへの甘い憧れをかきたてた.

微笑を喜ぶアフロディーテーは,その姿を一目眼にすると,たちまち恋心を抱き,甘い憧れが狂おしくその胸をとらえた.カリス女神がアフロディーテーに浴(あ)みさせ,女神の肌に 永遠にいます神々の肌に匂う不死の香油,甘く香る神油(アムブロシア)を塗った.アンキーセースのみは牛舎に居残り,ただ一人離れて,朗々と竪琴を奏でながら,かなたこなたと歩きまわっていた. - yachikusakusaki's blog )

 

アンキーセースは女神の姿に眼をとめ,じっと見守ると,

その姿,その背丈,それにきらめく衣裳に驚嘆した.

身にまとった衣は火焔をあざむくばかりに輝き,

渦巻形の腕輪と燦然と輝く耳飾りをつけ,

やわらかなうなじの周りにかけた首飾りはいとも美しく,

黄金造りで綾なす色をしていた.それはやわらかな胸のあたりで

月の光のように耀(かがよ)い,見るも驚きであった.

愛欲の念がアンキーセースをとらえ,彼は女神に向かって言葉をかけた.

 

 「ようこそ,尊い御方.浄福なる神々のどなたがこの家へおいでなされたのか.

アルテミス様か,レートー様か,それとも黄金なすアフロディーテ様か,

貴い生まれのテミス様か,輝く眼のアテーナー様か.

それとももしや神々と親しく交わって,不死なる者と呼ばれるカリスたちのどなたかがここにおいでになったのでしょうか.

それとも美しい森に住むニンフたちの御一人か.

あるいはこの美しい山や川のなす泉に,さてはまた

草緑なす牧場に住むニンフの御一人であられるか.

あなた様のために,どこか高い頂に,いずこからでも眺められる場を選び,

祭壇を築いて,季節の巡り来るたびに見事な供物を捧げましょう.

-----」

 

それに答えて,ゼウスの御娘アフロディーテーは言った.

 

「アンキーセース様,地上に生まれた人間たちの中で最も誉れ高い御方,

わたしは神ではありません.なぜわたしを不死なる神だとお思いなさいますの.

いいえ,わたしは死すべき身,人間の女である母がわたしを産みました.

-----

 

ヘルメースはわたしをここへ連れておいでになりました.

もうこの足で生命育む大地を踏むこともかなうまい,と思えたほどでした.

かの神の仰せによれば,わたしはアンキーセース様の臥所(ふしど)に入り,正妻と呼ばれて

その方のために立派な子を産むことになっている,とのこと.

このことをわたしに示され,告げられますと,力あふれるアルゴスの殺し手の神は,

不死なる神々の族(やから)のもとへ再び去ってゆかれました.

わたしの方は,抗いようもない必定の力にうながされ.こうしてあなたのおそばに来たのです.

-----

 

人間にも不死なる神々にも喜ばれる

憧れをそそる婚礼の祝宴を催してくださいますように」

 

こう言って,女神は憧れを彼の心に投じた.

アンキーセースは愛欲の念にとらえられ,女神にこう言葉をかけた.

 

「あなたが死すべき身の人間で,人間の女である母上があなたを産み

また,おっしゃいますように名高いオトレウス殿が父上であって

導きの神ヘルメースの意によって来られ,

永遠にわたしの妻と呼ばれようというのであるならば,

今ここであなたと愛の交わりを遂げるまでは,

神々であれ人間であれ,誰一人としてわたしの邪魔はさせますまい.

-----」

 

こう言って,女神の手をとった.微笑(ほほえみ)を喜ぶアフローディーテーは

はじらって顔をそむけ,美しい眼を伏せて

かねてから若い殿御のために柔らかいな敷物が

うるわしく敷きのべてあった臥所へ,そっと入った.

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次いでアンキーセースは女神の帯を解き,まばゆい衣をぬがせると,

それを白銀の鋲を打った椅子にかけた.それから男は,

神々の御心と定めによって,みずからはしかと知らずして,

死すべき身で不死なる女神の傍らに臥したのだ.

 

さて牧人たち牛や丸々肥えた羊たちを追って,花咲き乱れる牧場から牧舎へ連れ戻す頃になると,

女神はアンキーセースには心地よい熟睡(うまい)をそそぎかけ,

みずからはその肌に美しい衣をまとった.

いともとお解き女神はその肌にすっかり衣裳をまとうと

小屋の中にそっと立ったが,その頭は見事な造りの天上の梁にまで届き,

うるわしい花冠戴くキュテーラ女神のものである

神々しい美しさがその両の頬には耀いていた.

 

続く

 

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https://ja.wikipedia.org/wiki/_Botticelli_-_La_nascita_di_Venere_-

 

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