アプロディーテーは性愛を司る女神であると同時に,恋多き女神でもありました.
the Theoi projectのサイトでは,神々との恋としてヘーパイストス,アレースを含めて7名,人間との恋として,アンキーセース,アドニス等5名の名前が挙げられています.
APHRODITE MYTHS 6 LOVES - Greek Mythology
このうち,アドニスとの恋については,先日取り上げました.
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/06/28/235724
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https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2021/07/01/235638
きょうからは,アンキーセースとアプロディーテーの物語を取り上げようと思います.
この物語を最も詳しく紹介しているギリシャローマ神話原典は,ホメーロス風讃歌第5歌アフロディーテー讃歌.
アンキーセースはトロイア王家につながる人物で,アプロディーテーとの間の息子アイネイアースはトロイア戦争の英雄にしてローマ建国の祖となったとされています,
アフロディーテー讃歌(讃歌5歌)では,恋の虜になったアプロディーテーがアンキーセースの居所を訪れ,身分を隠して結ばれます,彼の息子を宿したアプロディーテーは,そのことを告げると同時に,決して口外しないよう,そして5年間ニュムペーに預けた後連れてくることを話して去って行きます.
今日以下に引用するのは,讃歌5歌導入部.
ゼウスを含め全ての神々と人間の恋への憧れはアプロディーテーによって支配されていること,しかし,処女神アテーナー,アルテミス,ヘスティアは彼女の力がおよばなかったこと,さらにはアプロディーテーのアンキーセースへの恋は,ゼウスによって仕掛けられたこと等が歌われます.
アフロディーテー讃歌(讃歌第五歌)1
ムーサよ語れ,キュプリス女神,黄金ゆたかなアフロディーテーの御業(みわざ)を,
女神は神々の心に甘い恋への憧れをかきたて,
死すべき身の人間の族(うから)も,空を飛びかう鳥をも,
また陸と海とが育むあらゆる獣の類をも,その御心に従える.
生きとし生けるものはなべて,うるわしい花冠戴くキュテーラ女神の御業に心よせる.
されど三柱の女神だけは,この女神も説き伏せることも欺くこともできない.
それはまず神威楯(アイギス)もつゼウスの娘,きらめく眼のアテーナー.
黄金ゆたかなすアフロディーテーの御業もこの女神の心にはかなわず,
もろもろの戦いと,アレースの業と,闘争と,合戦と
みごとな技芸(わざ)とに心用いることを喜ぶ.
地上にある人間の工匠(たくみ)たちに,青銅(からかね)で戦車と
巧みを凝らした車を作ることを最初に教えたのはこの女神.
女神はまた館の中で,柔肌の乙女たちにみごとな技芸を教え授けた,
乙女たちの一人一人の胸うちにその技芸を吹き込んで.
微笑’ほほえみ)を喜ぶアフロディーテーはまた,黄金の矢たずさえ,
獲物追う叫び声あげるアルテミスも恋の道に従わせることはできない.
この女神の喜ぶのは弓,山々を馳(は)せて獣狩ること,
竪琴の音,輪舞,女たちのあげるすんだ叫び声,
鬱蒼(うっそう)と茂って蔭なす森,それに心正しい人びとの住む都邑(まち).
アフロディーテーの業は,畏(かしこ)い処女神ヘスティアーの心にもかなわない.
狡知に長けたクロノスはこの女神を長子として生んだが,神威楯(アイギス)もつゼウスの神慮により,女神はまた末の子ともなった.
女神はさらにこれに応ぜず,かたくなに拒んだ.して,
神威楯(アイギス)もつゼウスの頭に手を触れて,いとも尊い女神は,
永遠(とこしえ)に処女の身たらん,との大いなる誓いを立てたが,
その誓いは遂げられたのであった.
父神ゼウスはこの女神に.結婚に代えてうるわしい名誉を授けた.
それゆえに女神は最も良い座を選び,家の真中に座を占めている.
また,あらゆる神殿において崇められ,
なべての人間たちは,この女神を神々のうちで最も尊ぶ.
これらの女神ばかりは,アフロディーテーも説き伏せることも,欺くこともできない.
だが他の者ならば,浄福なる神々にせよ,死すべき身の人間にせよ,
誰一人アフロディテーの手を逃れることはかなわない.
最大に神にしてこの上ない栄誉頒(わか)ち持つ,
ゼウスの心さえも,女神は惑わしたのだ.
女神がひとたびそれを望めば,大神の賢い心を欺き,
妹にして妻であるヘーラー女神に気付かれることなく,いとも容易に人間の女たちと交わらせてしまう.
ヘーラーは不死なる女神たちの中でも,その容姿もっとも優れた女神.
狡知に長けたクロノスと母レアーが産んだ誉れ高い娘.
この女神を,不壊の知恵もつゼウスが,
いとも貞淑な,畏(かしこ)い妻としたのである.
さて,ゼウスはほかならぬこのアフロディーテー自身の心にも,
死すべき身の人間と交わりたい,との甘い憧れを抱かせた.
この女神にも疾(と)く人間の臥所(ふしど)を知らしめて,微笑みを喜ぶアフロディーテーが心地よげに笑って,
「わたしは男神たちを死すべき身の人間の女たちと交わらせ,女たちは不死なる神々のために死すべき身の息子たちを産んだ」などと,
神々のいならぶ中で自慢して言うことのないように,との御心であった.
そこでゼウスは女神の心に,アンキーセースへの甘い憧れをかきたてた.