サルマキスは,ふと少年のすがたを見とめ,かれを自分のものにしたいという気持ちにとらわれました.少年は,ざぶんと水に飛び込みました.『しめた!もうわたしのものだわ』妖精はこう叫ぶと,すぐさま着物を遠くに投げすてて,水のまっ只中にとびこみ,むりやり接吻をうばってしまいました.『ああ,神さまたち,どうかわたしの願いを叶えてくださいませ—どのような日もかれをわたしから,わたしをかれからひきはなすことがありませんように』 神々はこの願いをおききとどけになりました.

ナーイアス3

サルマキス2

 

サルマキス1

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ナーイアスのサルマキスとエルマフロディトスが合体して最初のエルマフロディトスが誕生した物語.

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Salmacis - Wikipedia

 

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Sleeping Hermaphroditos | Louvre Museum | Paris

 

オウィディウス 転身物語が出典で,伝説の王ミニュアスの三人娘が語る三つの物語の最後に置かれています.

この三人の姉妹は,神をさげすみ,祭をけがす三人娘で,話し終わった後に,コウモリに変身してしまいます.

 

オウィディウス 転身物語(田中秀央 前田敬作訳 人文書院」より抜粋で.

 

メリクリウス(ヘルメス)がキュテラの女神(ウェヌスアプロディーテー)によってもうけた男の子は,イダの山中の洞窟でナイス(ナーイアス)たちの手でそだてられましたが,その顔つきを見ると,すぐに父母が誰であるかわかりました.名前も父と母の名前をもらっていました(ヘルマプロディトゥス).

こうして十五年の歳月がたちますと,少年は故郷の山を去りました.自分をそだててくれたイダの山をあとにし,見知らぬ土地をさまよい,名も知らぬ川を渡り,旅のよろこびに疲れも忘れました.

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この地(カリア)でかれは一つの池を見ましたが,その清らかな水はそこまで澄み切っていました.

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この池のまわりには,いきいきとした芝原といつも青々とした草がおぼのように広がっていました.そこにはひとりの妖精が棲んでいましたが,かの女は猟も下手でしたし,弓を引いたり競争したりすることにも慣れていませんでした.

ナイスたちのなかで,かの女だけがディアナ女神(アルテミス)の知らない妖精だったのです.

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かの女の姉妹たちは『サルマキスや,投槍や美しい色をした箙(えびら)をお持ちよ.そんなにぶらぶらしてばかりいないで,たまにははげしい猟でもしてみたらどうなの』といったということですが,

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ところが,ある日,こうして花をつんでいたとき,ふと少年のすがたを見とめ,かれを自分のものにしたいという気持ちにとらわれました.

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 さて,それからサルマキスは,少年に声をかけました.

『ああ,かわいいひと,あなたは,神様かとおもえるほど美しいお方です.もしあなたが神様なら,きっとクピド(キューピット/エロース)さまかもしれません.

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そういうひとたち(両親,兄弟,乳母)よりもっと幸せなのは,もしあなたに許嫁(いいなずけ)があればその方ですし,もしあなたがよろこんで結婚の炬火(きょか たいまつ)をもやそうと思う相手がおありならその方です.

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けれども,もしまだそういう方がないのでしたら,このあたしを妻にして,花嫁の寝床にご一緒に入りましょう』

 そいいって,妖精は口をつぎみました.

少年は,顔をまっ赤にしました(といいますのは,恋がなんであるかをまだ知らなかったからです).顔の赧(あか)らみは,少年をますます美しくしました.その色は,いってみれば,陽当たりのよい枝にたれさがった林檎の色や,赤紫にそめられた象牙の色,あるいは魔祓いの銅鑼(どら)の音がむなしくひびくとき白みがかった表面の下に赤らみをおびた付きの色にも似ていました(月食の色,銅鑼は不吉な月食の呪いを解くために打ち鳴らした).

サルマキスは,せめて姉妹のように接吻でもとしつこくせがみ,ついに少年の象牙のような首に腕を巻きつけようとしましたところ,少年は,『よしておくれよ.でないと,ぼくはあなたからも,この場所からも逃げていってしまうよ』

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ここちよい水の冷たさにさそわれて,すぐさま美しいからだにつけていた軽やかな衣服をぬぎすてました.これを見て,サルマキスは,すっかりのぼせてしまい,この裸身をだきしめたいというはげしい情欲をおぼえました.

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 少年は,掌(てのひら)で胸をたたくと,ざぶんと水に飛び込みました.抜き手を切って泳ぐかれのからだが水を透かして見える有様は,まるで象牙細工か純白の百合の花を透明な玻璃(はり 水晶)ごしにながめているようでありました.

『しめた!もうわたしのものだわ』妖精はこう叫ぶと,すぐさま着物を遠くに投げすてて,水のまっ只中にとびこみ,もがく少年をとらえ,むりやり接吻をうばってしまいました.かれはしきりにもがいて逃げようとしましたが,ついにかの女はしっかりだきしめてしまいました.

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『さあ,いじわる坊や,もういくらもがいたって,逃げられっこないよ.ああ,神さまたち,どうかわたしの願いを叶えてくださいませ—どのような日もかれをわたしから,わたしをかれからひきはなすことがありませんように』

神々はこの願いをおききとどけになりました.

といいますのは,ふたりのからだは,そのまま溶けてまじりあい,ついに一体になってしまったからです.

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ふたりはもうふたりではなく,女とも男ともよぶことができない両性のものでありありました.

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