琴座の琴=竪琴Lyreの持ち主とされるオルペウス(オルフェウス).
アルゴー船に乗っていた英雄(アルゴナウタイ)としても知られていますが----
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/06/14/000500
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最もよく知られているのは
「オルペウスとエウリュディケー」の物語.
多くの絵画,音楽,文学・戯曲,映画を生みだしました.
詩
ライナー・マリア・リルケ「包括的なソネット・シーケンス、オルフェウスへのソネット」(1922)
など
映画・ドラマ
ジャン・コクトー「オルフェ」(1950)
テネシー・ウィリアムズ「オルフェウスディセンディング」(1957年)
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サラ・ルール「エウリュディケ」(2003)
ハンター・フォスター,ライアン・スコット・オリバー「デッドランドのジャスパー」(2014)
など
音楽・バレエ
モンテヴェルディ「オルフェ」(1607)
クリストフ・ヴィリバルト・グルック「オルフェオとエウリディーチェ」(1762)
ジャック・オッフェンバック「地獄のオルフェ(天国と地獄)」(1858年)
など
絵画・彫刻
ニコラ・プッサン「オルフェウスとエウリュディケのいる風景」(1650-1653)
http://uchuronjo.com/cosmo/fig_cosmo/poussin_orphee.html
ジャン=バティスト・カミーユ・コロー 「Orpheus Leading Eurydice from the Underworld」(1861)
オーギュスト・ロダン「オルフェウスとエウリュディケ」(1893)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/191330
など
そして,多くの人びとを引きつけてきたこのストーリー現存最古の文献は,
オウィディウスOvidius/OvidによるメタモルポーセースMetamorphoses(転身物語/変身物語 /変身譚).
初版は西暦8年.
黄泉(よみ)の国に連れ戻されてしまう場面,エウリュディケの心情を描写するこの一文は,長く多くの人を引きつけるこの物語の魅力が凝縮しているように思われますが---;
"こうしてふたたび死の国へつれもどされながらも,かの女は,良人のことをすこしも怨まなかった.というのは,自分が愛せられていたということ以外に,なにを怨むことがあっただろうか.”
今日は,その抜粋を転載します.
巻一〇
一 伶人(うたびと)オルペウスとエウリュディケ
ヒュメナエウス(婚礼の神)は,この地からサフラン色(祝祭のよろこびをあらわす色)の衣をまとって,無限の大空をよぎり,キコネス人(トラキアの一種族)立ちの住む岸部におもむき,そこでオルペウスに呼ばれたが,何の役に立つこともできなかった.
かれは,たしかに婚礼に立ち会いはしたが,おごそかな喜びの歌ごえもうれしげな顔も,めでたい兆候ももたらさなかったのである.
------
しかし,結末は前兆よりさらにもの悲しいものであった.
というのは,新妻がナイスたちの群につきそわれて草原を散歩していたとき,踵(かかと)を蛇にかまれて,死んでしまったからである.
ロドヘの伶人(オルペウスのこと),妻をいたんで地上で十分泣きつくすと,今度は亡霊たちの国へいこうとおもい,タエナレスの門(冥界への入口)をとおって,大胆にも黄泉(よみ)の国へと降りていった.
かれは,埋葬の礼をうけた亡霊たちのむらがるなかを通りぬけて,ペルセポネ(プロセルピア/ペルセポネー)とその良人である悲しみの国の支配者・亡霊たちの王(プルートー/ギリシャ名ハーデース)のもとへとすすんでいった.そして,歌にあわせて弦をかきならしながら,つぎのようにのべた.
「地上に生をうけたわたしたちばみないつかは落ちゆく地下の国を統べたまう神々よ,私が作り話などをやめて,真実を語ることがあなたがたの禁制にふれないならば,おゆるしをえて申しあげます.
わたしがここに降りてまいりましたのは,薄暗いタルタルス(タルタロス 奈落/原初神の一柱 冥界の一番下にある部分)を見物するためでもなければ,メドゥサ(メドゥーサ)の血を引く怪物(冥府の番犬ケルペルス 一般的にはエキドナの子,一説にはメドゥーサの子ゲーリュオーンの子)の,蛇鬚を生やした三つの喉くびをしばるためでもありません.
わたしは妻をさがしにまいったのです.
妻は,足でふみつけた一匹の蛇のために毒を注入され,女ざかりの時に死んでしまいました.わたしは,この不幸をじっと耐えぬく力があるとおもい,事実また耐えようとつとめました.しかし,アモル(エロース/エロスのラテン語訳,クピードー/クピト)がわたしをうち負かしてしまいました.
------(中略)
どうか,あまりにも早く絶えたエウリュディケの運命の糸を,もう一度解いてやってください.
わたしたちは,あらゆることをあなたがたに負うております.厳正のみじかい旅を終われば,わたしたちはみなこのおなじ居所にいそぐのです.
-----(中略)」
かれがこのようにうたい,それにあわせて弦をかきならすと,血の気のない亡霊たちもみな涙をながした.
タンタルス(タンタロス)は,どうしても口にすることができない水を追い求めることを止め,イクシオン(イクシーオーン)の火の車は止まり,はげ鷹どもは,その犠牲者の肝臓を引き裂くことを忘れ,
-----(中略)
こういうわけで,冥府の王妃(プロセルピア/ペルセポネー)も王者(プルートー/ハーデース)も,オルペウスの願いを斥けることができなかった.
-----(中略)
ロドスのオルペウスは,アウェルヌスの谷を出るまではけっして後をふりかえらない,さもないと,この恩恵は水泡に帰してしまうであろう,という約束のもとに妻をとりもどした.
ふたりは,濃い霧に覆われた,くらい,急な坂道をふかい沈黙につつまれてのぼっていった.そして,地表の縁(へり)からそう遠くないところまで来たとき,やさしい良人は,妻がおくれはしまいかという心配と妻の様子を見たいという気持ちから,つい後をふりかえってしまった.
すると,妻は,たちまち後へひきもどされた.あわてて腕をのばし,良人につかまえてもらい,また,良人をつかまえようとやっきになったが,つかまえることができたのは,あわれにもつかまえどころのない空気ばかりであった.
こうしてふたたび死の国へつれもどされながらも,かの女は,良人のことをすこしも怨まなかった.というのは,自分が愛せられていたということ以外に,なにを怨むことがあっただろうか.かの女は,良人に最後の挨拶をつげた.しかし,それはもう良人の耳にとどいたかどうかわからない.
かの女は,ふたたびもとの場所に落ちていったのであった.
オルペウスは,妻がふたたび死の国にうばい去られたのを見ると,呆然として立ちすくんでしまった.
----後略