ラテン文学史上の最高傑作の一つ(平凡社 世界百科事典)とも言われるオウィディウス 転身物語には,ニンフ(ニムフ,ニュンペー)はたびたび登場します.
田中秀央 前田敬作訳 人文書院版
の索引から数えてみると,ニュンペーは8回(ただし,カタカナのふりがなのない「妖精」は数えられていないので,実際にはもっとずっと多い).
タイプ別の呼び名の方としては,
河や泉のニンフであるナーイアス(ナイアス,ナイス,ナイアド)は,なんと17回(この内ニンフという言葉が同時に記された場面は3カ所).
そして,木や森のニンフ,ドリュアスが8回.
この二つのタイプがニンフを代表していると考えていいかと思います.
エコーやエウリュディケーと並んで,転身物語でかなりのページを割いて語られているドリュアスにドリュオペがいます.
物語としてはやや地味なお話で,話題になることは少ないと思われますが,一部抜粋して掲載します.今日の所は時間がなく,導入部分のみですが.
この物語を語っているのは,ヘルクレス(へーラクレース)の息子ヒュルスの嫁イオレ.聞き手はヘルクルスの母アルクメナ(アルクメーネー).
ドリュオペとロティス
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「でも,おばあさま.あなたがこころを痛めているいらっしゃるのは,ご一家とは血のつながりのない女の転身です.わたしの姉妹の不思議な身の上をお話申したら,何とおっしゃるでしょう.でも,涙と悲しみにさまたげられて,思うように言葉が出てきそうにもありません.
ドリュオペはかの女の母親の一人娘で(わたしとは腹ちがいなのです),オエカリアの女たちのなかでもその美しさはとびぬけておりました.
かの女がアンドラエモンの妻になったのは,デルビトデロスを治めたまうアポロ神のために,処女の誇りを力ずくでうばわれたあとのことでしたが,アンドラエモンは,この妻をえて幸福であるとおもわれておました.
さて,ある湖がありまして,そのなだらかな岸は,海の浜辺をおもわせ,岸の上の方には,桃金嬢(ミルテ ギンバイカ:本来はテンニンカのこと)がいちめんにはえていました.ドリュオペは,どんな運命が待ちうけているかも知らず,この湖の所にやってきました.それどころか,かの女がうめた運命からすると気の毒千万なことなのですが,じつは妖精たちに花輪を送ろうとおもってやってきたのです.
生まれてまだ一年もたたない子どもをやさしい荷物として胸にだき,あたたかい乳をのませていました.
湖からほど遠からぬところに,水の友である蓮(⇒*)が,テュルスの緋いろにまがうばかりの花をいちめんに咲かせ,やがてゆたかにみのるにちがいない実を約束していました.
ドリュオペは,子供のおもちゃにしようとおもって,その花を二つ三つ摘みました.わたしも,おなじように摘みとろうとしましたが(ええ,その場にいっしょにいたのです),ふと見ると,その花からはまっ赤な血がしたたり,茎は,身ぶるいして震えているではありませんか.
といいますのは,あとの祭ながら土地の人から聞いたところによると,これは妖精のロティスであって,プリアプス(生殖・豊穣の神)のみだらな行為をのがれて,名前だけはそのままにして,もとの姿からこの植物に変わったのでした.
⇒* 「蓮」と訳されていますが,the Theoi project の「Lotis」では,「a lotus plant」とし,”It is not clear if her plant was the water-lotus or the lotus-tree.”(その植物は「睡蓮」か「ロータスの木」かははっきりしていない)とありました.
LOTIS - Lotus-Flower Nymph of Greek Mythology
この後,ドリュオペが変身させられるのは,ロトゥス(ロータス)の木.この木の正体はよく分かっていないようですが,(ロートスの木 - Wikipedia Lotus tree - Wikipedia )
英語版ブリタニカでは,エノキ( Lotus tree | plant | Britannica ),ランダムハウス英語辞典では,“想像上の植物で,「ナツメ又はニレの木であろうと考えられている」”とのこと.
続く