時代を読む 内山 節
「自己肯定欲」が動かす政治
東京新聞 2019年11月17日
この二十年くらいの間によく使われるようになった言葉に「自己肯定感」がある.
自己肯定感をもてないとか,どうしたら自己肯定感を取り戻せるのかというような使用されることが多い.
ところが現代世界をみてみると,自己肯定感が薄いのではなく,誰もが自己肯定にしがみついているという気がしてくる.
それは,自分は正しいし,自分はもっと尊重されるべきだという心情である.
前回のアメリカの大統領選では,それまでのアメリカを支配してきた階層の人たちへの批判が強かった.
ここでいう支配階層とは,地位や資産をもつだけでなく,ものの考え方でも社会を支配してきた人々である.敗れたヒラリー候補はその代表のようにみられた.
トランプ大統領も地位と資産をもっている人物である.だが近代社会の政治家としての教養や思想が欠如していて,そのことが選挙では有利に働いた.自分たちを支配してきたものに対する不満をもつ人たちにとっては,トランプこそが自分たちの心情を肯定してくれる人にみえた.
来年の大統領選挙でも,トランプ再選を予想する世論調査の結果がいくつもでている.もちろんこれからどう変化するかはわからないが,前回の選挙でトランプを支持した人たちは崩れていない.
支持が強固な理由のひとつに,前回の選挙でトランプを支持した人たちの,自己肯定への強い要求がある.一度支持したトランプが無能な政治家だと認めれば,自分の判断が間違っていたことを認めることになり,手に入れたかった自己肯定感を失ってしまう.そうならないためには,トランプ支持でありつづけなければいけないのである.
今日では,このような心情が世界を動かしはじめている.ヨーロッパにおける国家主義勢力の台頭も,近代的な教養と思想を身につけたこれまでの支配層への反撃という一面をもっている.
彼らよりも自分の方だ正しいと思う人々の自己肯定欲求によって政治潮流も生まれていった.ここでも,この政治潮流を支持した人たちは,判断の誤りを認めようとしない.
日本も同じだ.かつて安倍政権を支持した人たちは,何が何でも安倍政権支持なのである.さまざまな不祥事や政権の批判がどれほどあろうとも,政権支持は揺るがない.
自己肯定を求める心情が奥底にあるかぎり,自分の判断が誤りだったことを認めたくない鉄板の支持層が生まれる.
同じ構造が韓国では文政権を支えている.
もちろん,誰もが他者から尊重される生き方をしたいと思っている.
だが,それは自分で自己肯定感をえることではない,他者から尊重されるということである.
自己の価値は他者と結び合うなかから,つまり関係性のなかから生まれてくる.
お互いを尊重する関係が壊れて,個人として孤立した生き方が広がる社会では,自分は他者から尊重されていないと感じる人がふえる.そしてそのことが,自己肯定感を求める人々をふやしていく.
しかも格差が広がり,それが固定されながら,肯定感を抱けない労働や生活が構造化されているのが現代社会である.そういう社会が,自分の正しさを自己肯定する人たちを生み出していく.
そういう時代の人間のあり方が,各国の政治を動かしている.今日とはそういう時代が始まっている.
(哲学者)
2019.11.17
新聞を読んで 寺町東子(弁護士 社会福祉士)
働き方改革 抜け道許すな