ワカメ1 「ワカメ」は,いわゆる”国譲り”の最終局面,すなわち,オホクニヌシが国譲りを決心し,天つ神からの使者(タカミカヅチ)を迎える館を建て,ご馳走を作り供えてもてなそうとする場面に記されています.しかし,食べ物としてではなく,火おこしの道具(燧臼・燧杵)の材料として「ワカメの茎を刈り取ってきての,それを燧(ひきり)の臼に作り,また,ホンダワラの茎を燧の杵に作り,新たな火を鑽りだして」“植物をたどって古事記を読む”

“三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記[完全版]文藝春秋” をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズ.

 

ワカメ

オホクニヌシが治めて後,葦原(あしはら)の中つ国は,にぎわって穏やかな暮らしが長く続いていました.

ところが,ある時,高天の原を治めるアマテラスが言うことには---

「豊原の千秋の長五百秋の水穂の国は,わが御子マサカツアカツカチハヤヒアメノオシホミミの統べ治める国でありますぞ」三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記

そして,わが子アメノオシホミミを中つ国に降ろそうとします.

 

ここから,いわゆる「国譲り」(⇒*)が始まります.

今日の主題「ワカメ」は,この国譲りの最終局面,すなわち,オホクニヌシが国譲りを決心し,天つ神からの使者(タカミカヅチ)を迎える館を建て,ご馳走を作り供えてもてなそうとする場面に記されています.(最下欄に転載)

ただし,お供え物としてではありません.

 

神への供え物を調理するためには,新たにおこした火が用いられます.その時,発火する装置が,「燧臼・燧杵―ひきりうす・ひきりぎね―」というもので,それぞれ海藻の茎から作られたと古事記は書き記しています.

 

火鑽臼・燧臼(読み)ひきりうす

精選版 日本国語大辞典の解説

火鑽臼・燧臼(ひきりうす)とは - コトバンク

ひきり‐うす【火鑽臼・燧臼】

〘名〙 古代の発火器の一つ。木製の台で、火鑽杵をたてて激しく回転し、摩擦により発火させるもの。静岡市駿河区の登呂遺跡などから出土。

古事記(712)上

海布(め)の柄(から)を鎌(か)りて、燧臼(ひきりうす)に作り」

 

火鑽杵・燧杵(読み)ひきりぎね

精選版 日本国語大辞典の解説

火鑽杵・燧杵(ひきりぎね)とは - コトバンク

ひきり‐ぎね【火鑽杵・燧杵】

〘名〙 火鑽りの際、火鑽臼と揉(も)み合わせて、火を鑽り出す先端のとがった棒。

古事記(712)上

海蓴(こも)の柄(から)を以ちて燧杵(ひきりぎね)に作りて」

 

ネット上の記事を見ると,古事記に記された海藻の種類は,必ずしも特定されてはいないようですが---

三浦祐介氏は「ワカメとホンダワラ」としています.

ワカメは他のサイトでも名前があげられていますが,ホンダワラは異論がありそう.また,どちらもただ海藻とした翻訳もありました.

 

なお,

出雲大社では,今でも,御饌(しんせん お供え物)は,燧臼に燧杵を立てて両手で力一杯もむ昔ながらの錐もみ式で起こした神聖な火で作られているそうです.

そして,燧臼・燧杵は,出雲国一の宮である熊野大社和歌山県熊野大社とは別の神社)に保管され,熊野大社鑽火祭(さんかさい⇒**)で出雲大社宮司が「古伝新嘗祭」に使用する燧臼・燧杵を受け取るために熊野大社を訪れます。 http://www.shinbutsu.jp/46.html http://www.kumanotaisha.or.jp/saiten/sanka/sannka.htm 古傳新嘗祭 | 出雲大社

 

ただ,現代に伝わる「燧臼・燧杵―ひきりうす・ひきりぎね―」は海藻の茎ではありません.

”ヒノキの板と,卯木(ウツギ)の丸い棒”とのこと.

http://www.kumanotaisha.or.jp/saiten/sanka/hikiri.htm

https://www.hotel-nagata.co.jp/2014/04/24/13842

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はたして,海藻の茎で火おこしができるのか?

ネット上では,この問いに答えてくれる情報は見つかりませんでした.

 

⇒*国譲り

精選版 日本国語大辞典の解説

国譲(くにゆずり)とは - コトバンク

くに‐ゆずり ‥ゆづり【国譲】

〘名〙

① 日本の古代神話で、大国主神(おおくにぬしのかみ)が神勅によって国土を瓊々杵尊(ににぎのみこと)に奉って退隠したこと。

 

⇒** 鑽火祭

日本国語大辞典では「きりびまつり」と読み,意味も若干異なる説明がされています.

 

鑽火祭(読み)きりびまつり

精選版 日本国語大辞典の解説

鑽火祭(きりびまつり)とは - コトバンク

きりび‐まつり【鑽火祭】

〘名〙 斎戒沐浴した人が古風な発火具を使って浄火をきりだし、その火で神饌(しんせん)を調理する祭。宮中や伊勢神宮のほか、島根県松江市熊野神社、京都の平野神社や八坂神社などで行なわれる。忌火祭。斎火祭。

 

 

三浦祐介訳・注釈 口語訳古事記[完全版]文藝春秋

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其の五 国譲りするオホクニヌシ—天つ神と国つ神 より

 

----オホクニヌシは,出雲の国の多芸志(たぎし)の小浜(おばま)に,タケミカヅキを天つ神の使いとして迎えるための館(やかた)を造っての,ミナトの神の孫,クシヤタマを膳夫(かしわで)となして,伏(まつろ)いのしるしの饗(あえ)を差し上げて,祝いの言葉を申し上げることにしたのじゃ.

そして,そのために,クシヤタマは海に潜る鵜となって海の底に潜り入り,海の底の赤土をくわえて来ての,

その土で八十の平皿(ひらざら)を作り,海に生えるワカメの茎を刈り取ってきての,それを燧(ひきり)の臼に作り,また,ホンダワラの茎を燧(ひきり)の杵(きね)に作り,新たな火を鑽(き)りだしての,

タケミカヅチにおいしい食べ物を作り供えた上で,オホクニヌシはあらためて誓いの言葉を唱え上げるのじゃった.