政府は新型コロナウイルス対策専門家会議の廃止を決めた.第二波に備え,専門家との関係を再構築すべきだ.密閉・密集・密接の三密の回避,「新しい生活様式」などの提言は,政府の対策で重要な役割を果たしてきた.一方,提案に違和感を覚える人も.だが,その責任は政府にあるのではないか.東京新聞社説 //10年前の報告書.昨日書いたのではないかと錯覚しそうな内容だ.今,問題になっている課題がほとんど網羅されている.裏を返せば,この10年,政府は備えを怠ってきたわけだ.青野由利 毎日新聞 

新型コロナウイルス対策における専門家と政府

 

これまでの専門家と政府の関わり方については,牧原出東大教授の論座論文がしっかりまとめています.

 

”前のめりの「専門家チーム」があぶりだす新型コロナへの安倍政権の未熟な対応“ web 論座 2020年05月02日 牧原出 東京大学先端科学技術研究センター教授

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/05/06/004341

yachikusakusaki.hatenablog.com

牧原教授が懸念していた,“専門家チームへの不当な非難”が,目につき始めたと思っていたところ,突然の「専門家会議の廃止」が発表されました.

これからの政府の対策がどのようになっていくのか心配です.これまでの対策が概ね成功裏に推移してきたのは,ひとえに専門家チームの力によるところが大と思うからです.

東京新聞社説,毎日新聞土記の記事が,私の心配を代弁してくれています.

 

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政府と専門家 危機感を共有してこそ

東京新聞 社説 2020年6月27日(土曜日)

 

 政府は新型コロナウイルス対策の専門家会議の廃止を決めた.その一方,同会議側はこれまでの政府の対応に注文を付ける提言を公表した.政府は第二波に備え,専門家との関係を再構築すべきだ.

 政府と専門家は危機感を共有できていなかったのではないか.

 政府が専門家会議の廃止を表明した二十四日,会議のメンバーは独自に公表した提言で,政府と専門家との役割分担の明確化と政府の主体的な情報発信を求めた.政府批判とも受け取れる.

 専門家会議は医学的な見地から新型コロナ対策を助言するため,政府対策本部が二月に設置した.

 当初は諮問されたテーマに意見を述べていたが,感染爆発への危機感の高まりから対策案も提示する必要があると考え,積極的に発言するようになったという.

 こうした活動に自ら「専門家会議が政策を決定しているような印象を与えた」と総括した.

 密閉・密集・密接の三密の回避や,人との接触八割減,感染予防のための「新しい生活様式」などの提言は,政府の対策で重要な役割を果たしてきた.

 一方,生活に踏み込む提案に違和感を覚える人もいて,会議メンバーも記者会見で「前のめり」になったと振り返った.だが,その責任は政府にあるのではないか.

 二月末,専門家の意見を聞かずに決めた全国一斉休校などに批判が出ると,政府はその後,判断の責任を専門家に押し付けるような態度を繰り返した.政府自ら政策を決め,国民と共有しようという姿勢は,そこにはうかがえない.

 特に,危機に当たり,そのリスクや対策の必要性,効果の見通しなどを国民と共有するための情報伝達は,政府の重要な役目だ.

 二〇〇九年の新型インフルエンザ対策を検証した政府の有識者会議の報告書は,国民への情報伝達を専門に担う組織や人員体制の充実を求めている.しかし,教訓が生かされているとは言い難い.

 西村康稔経済再生担当相は,従来の専門家会議に代わり,各分野の専門家を加えた有識者会議新設の方針を示した.法的な位置付けを明確にするためという.

 しかし,専門家会議の廃止方針はメンバーには事前に伝えられていなかった.専門家との溝を残したまま政策を進めても,第二波への備えができるのか疑問だ.

 今回のコロナ禍を通じて政府の姿勢に問題はなかったのか.政府には専門家の提言を真摯(しんし)に受け止め,今後に生かす責任がある.

 

 

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土記 「予言」に備える

青野由利

毎日新聞2020年6月27日 東京朝刊

https://mainichi.jp/articles/20200627/ddm/002/070/078000c

 

 今週,たまたま顔を合わせた人から「1年前にパンデミックを予言してましたね」と言われた.

 ん,なんのこと?と思ったら,昨年5月,新型インフルエンザの流行開始から10年になるのを機に,この欄に書いた「パンデミック10年」のことだった.

 確かに,「大事なのはいつか必ず訪れるパンデミックのリスクに備えること」と書いている.それはインフルエンザとは限らないとも.我ながら先見の明があった?

 

 いや,実を言えば,それが新型コロナウイルスによるものだとは夢にも思っていなかった.

 それに,パンデミックは必ず起きるという「予言」は,感染症の専門家なら誰でも頭にあることだ.問題はそれが,感染症危機管理の「備え」につながるかどうか.

 答えは10年前の6月,「新型インフルエンザ対策総括会議」がまとめた報告書を見るとわかる.

 

 新型流行への厚生労働省の対応を専門家が点検し,教訓を提言したものだが,昨日書いたのではないかと錯覚しそうな内容だ.

 

 国の意思決定過程と責任の明確化.国立感染症研究所や検疫所,保健所,地方衛生研究所などの大幅な強化と人材育成.関係機関の役割分担の明確化.情報発信のあり方の見直し.今,新型コロナ対策で問題になっている課題がほとんど網羅されている.

 

 裏を返せば,この10年,政府は多くの備えを怠ってきたわけだ.

 

 国内の評価だけではない.2018年にWHO(世界保健機関)の外部評価委員会が日本で調査してまとめた報告書も,今まさに日本が直面する弱点を指摘している.

 

 専門チームを擁する常設の危機管理センターがない.地方自治体に疫学のトレーニングを積んだ専門家が足りない.部門横断的な調整ももう一歩.特にリスクコミュニケーションの評価は低い.

 

 今週,新型コロナの専門家会議メンバーが,この4カ月の活動を振り返るまとめを記者会見で公表した.専門家助言組織と政府の関係を整理し直して,という要望に加え,感染症疫学専門家の人材育成や,リスクコミュニケーションの体制整備も改めて求めている.

 

 会見で説明した尾身茂さん,岡部信彦さんは,10年前もパンデミック対策を担い,当時の総括をまとめたメンバーで,共に70代.

 「まさか,またひっぱり込まれると思わなかった.間違いなく進歩はしたが,残した課題を解決していかないと.10年後にもう一回起きた時に同じことを繰り返してはいけない」とは岡部さんの弁.

 

 今度こそ,「予言」に向き合いたい.

(専門編集委員

 

 

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https://mainichi.jp/articles/20200510/k00/00m/040/099000c?pid=14542

10年前放置されたPCR検査強化の提言 現場動かせない「1強」首相官邸の油断

毎日新聞2020年5月10日

 

 新型コロナウイルスの感染拡大防止を巡る政府の対応では,後手の連鎖が目立つ.初期段階ではクラスター(感染者集団)対策の徹底が功を奏したが,経路不明の感染者が増加してくるとPCR検査(遺伝子検査)の検査能力が追いつかなくなった.「1強」と言われてきた安倍政権だが,感染症対策で統率力不足は否めない.民間や病院では「自衛」の動きも出てきた.【竹地広憲,遠藤修平,花澤葵】

 

2010年に地方のPCR検査体制強化求めた厚労省審議会提言

 「とりわけ,地方衛生研究所のPCRを含めた検査体制などについて強化するとともに,地方衛生研究所の法的位置づけについて検討が必要である」

 

 この文章は厚生労働省有識者会議の報告書.公表されたのは10年前の2010年6月だった.

 地方衛生研究所(地衛研)とは,都道府県や政令指定都市などが持つ保健衛生研究機関だ.今回の感染拡大局面でも,民間参入前の今年3月末までのPCR検査のほとんどを地衛研が担ってきた.その地衛研でのPCR検査能力の拡充を,公文書では異例の「とりわけ」という語句まで使って強調していた.

 09年の新型インフルエンザの流行「第1波」が終息した段階で,「新型インフルエンザ対策総括会議」の報告書に記された.会議の座長は日本学術会議の金澤一郎会長(当時).現在の新型コロナに関する政府諮問委員会会長で専門家会議副座長の尾身茂氏も名を連ねていた.

 10年後の20年5月4日.専門家会議は「日本においてPCR等検査能力が早期に拡充されなかった理由(考察)」と題した文書を発表.「制度的に,新しい病原体の大量検査を想定した体制は整備されていない」「過去のSARS重症急性呼吸器症候群)などは国内で多数の患者が発生せず.検査能力拡充を求める議論が起こらなかった」などの見解を示した.10年の報告書での提言には触れられておらず,過去の警告が生かされない危機管理の事例がまた一つ積み重なった.

 

「未発生期」に検査体制整備するはずだった政府行動計画

 後手の連鎖は続く.10年の厚労省報告書を受けた当時の民主党政権は「平時」の段階で,新型インフルエンザ等対策特別措置法を国会に提出し,12年に成立させた.その年末に政権を奪還した安倍内閣は,特措法に基づいて13年6月に「行動計画」を策定.この計画にもPCR体制充実に関する記述があった.

 

 ①未発生期②海外発生期③国内発生早期など5段階の対応を記した計画では,

①の未発生期の段階で「国は自治体にPCR検査等を実施する体制整備を要請し,技術的支援を行う」とし,

②の海外発生期で自治体との連携強化と「検査体制を速やかに整備する」と記していた.

 

 だが安倍晋三首相が今回の事態で②の段階の指示を公にしたのは,国内で人から人への感染が確認され,既に③の国内発生早期に移行した直後の2月1日.「全国各地で必要な診察や検査を受けられるよう,検査体制や医療体制の充実を進めてください」と指示した.当時の政府は中国・武漢からの邦人帰国と,クルーズ船の検疫に忙殺されていたとはいえ,PCR検査能力は2月12日の時点でも全国で1日最大300件程度にとどまった.

 

後手で「倍増」打ち上げた官邸,笛吹けど現場踊らず

 PCR検査件数は首相にとっても悩みの種だ.首相が3月下旬の官邸での会議で「検査拒否」への不満をあらわにした当時の能力は1日7000件以上に拡大していたが,実際の検査件数は2000件前後で推移.週末には1000件を割っていた. 

 4月6日の政府対策本部で「1日2万件への倍増」を打ち上げて巻き返しを図り,4月下旬に能力は1万5000件超まで拡大したが,検査件数は8000件程度で頭打ちだ.5月4日の記者会見でも「1万5000(件に能力を)上げても実際に(検査が)行われているのは7000,8000レベルで,どこに目詰まりがあるか,私も何度も申し上げてきている」と言葉をにごした. 

 検査件数が検査能力に及ばない理由は,技術者や検査キットの確保に手間取り,採取された検体の輸送も難しいためだ.分析機関に輸送する際は,保冷剤とともに密閉して3重の梱包(こんぽう)をすることが必要.48時間以内の輸送が困難な場合はマイナス80度以下での冷凍保存も求められる.これらに対応できる業者は限られ,手配がスムーズにできないという. 

 官邸の指示や要望に対し,現場対応に追われる厚労省や,最大の感染者数を抱える東京都庁の反応は鈍い.官邸の不満は深く,政府高官は「東京はひどい.都と23区の調整まで国がやらされている」と憤り,別の官邸幹部は「厚労省とのやりとりは『未知との遭遇』.打ち合わせに50ページの資料を持ってくる.常識が通じない」と皮肉交じりに嘆息する. 

 首相がコロナ治療薬としての月内承認を目指す新型インフルエンザ治療薬アビガンに関しても,厚労省は薬害訴訟を懸念して手続き徹底にこだわる.病原体の輸送という安全最優先の手続きや,厚労省の医系技官が仕切る感染症対策,選挙を経て現場指揮にあたる首長に対しては,「安倍1強」で続いてきた官邸主導によるトップダウンの手法も及びにくいようだ.

 

実務を担う保健所に襲いかかった政府の準備不足のしわ寄せ

 政府の準備不足のしわ寄せは,検査関連の実務を担う保健所に襲いかかった.保健所は都道府県や政令市などが所管する組織だ.当初,発熱やせきなどの症状を自覚した人がPCR検査を受けるには,主に政府の要請で2月から保健所に設置された「帰国者・接触者相談センター」に電話し,医療機関の紹介を受けなければならなかった. 

 ただ,保健所はそもそも日常的に業務過多で,要員不足の状態が慢性化していた.その上,PCR検査が必要かの判断も難しい.体調や濃厚接触の有無などを聞き取り,要件を満たせば検体を採取する専門外来を紹介するが,「専門外来も逼迫(ひっぱく)しており,受診してもすべて検査を受けられるわけではない」(保健所の関係者)状況だった.さらに,感染者が確認されると,今度は濃厚接触者の追跡調査や自宅療養する患者のケアでより多くの人手が必要で,現場の疲弊は深刻だ.

 山梨県のある保健所では,3月1日に7件だった相談が,3月31日には93件と13倍に増え,4月は1日平均150件に達した.関係者は「『どうしても検査を受けたい』といって聞かない人もいる.24時間体制で夜間も携帯電話に転送され,退職者ら2~3人に声をかけて増員したが人手が足りない」と嘆いた.

 

「保健所はパンク」,医師会主導の検査にも防護具不足の壁

 地域によっては電話さえつながりにくい状態が続き,首相官邸幹部は「保健所はパンクしている.厚生労働省がしっかり把握していない」と不満を漏らした.

 こうした中,4月半ばごろから各地の医師会を運営主体に「地域外来・検査センター」を設置する動きが広がった.かかりつけ医が必要と判断すれば,保健所を通さずにセンターを紹介するルートができた.4月下旬には歯科医が検体を採取することが特例的に認められるようになった.事態は多少緩和されたが,検体採取時に必要な防護具の不足や,非感染者と往来エリアを分ける動線確保の難しさを訴える声は今も強い.

 保健所のパンクは,肝心の国内感染者数や死者数の集計も停滞させていた.感染者の多い東京23区などでは,保健所による把握作業が追いつかず,厚労省に報告するデータと実際の数に差が生じていた.厚労省は9日夜,集計方法の見直しを発表.記者会見した同省対策本部の担当者はこう反省の弁を述べた.「保健所のキャパシティー(能力)を超えてしまった.私どもが現場に対する支援をもっと早くすべきではなかったか」【堀和彦,渡辺諒】

 

PCR検査で「陽性」見逃す確率は1~4割程度,陰性でも誤判定の可能性

 実は,新型コロナウイルスを100%確実に検出する手段はないのが実情だ.PCR検査でも「陽性」を見逃す確率は1~4割程度ある.このため日本では「コンピューター断層撮影装置」(CT)で患者の体内を撮影し,肺炎特有の「影」が確認された人にPCR検査を実施して感染者を特定する手法を取ってきた.

 PCR検査では,患者の喉の粘液などに含まれるウイルスのRNA(リボ核酸)をDNA(デオキシリボ核酸)に変換する.微量でもポリメラーゼという酵素で増幅させ,DNAを検出できる仕組みだ.分析は一般的に約6時間かかる.

 とはいえ検査にはエラーがつきもので,単に増やせばいいという話ではない.米医師会誌によると,鼻の奥の粘液を採取して検査した場合,感染者を正しく陽性と判定できる確率は約60%.仮に感染者100人の集団を調べた場合,陽性と判定されるのは約60人で,残り約40人は誤って「陰性」となる計算だ. 

 医療現場での検査に詳しい府中病院(大阪府和泉市)の津村圭・総合診療センター長は「陰性と判定されれば安心する人も増える.しかし,その中に誤判定が一定の割合で含まれる可能性は広く周知されるべきだ」と訴える.日本大医学部の早川智教授(感染免疫学)も「地域外来・検査センターができ,かかりつけ医らの判断で検査できるようになったことは前進だ.ただし,精度を担保するためにも,むやみに検査態勢を拡充すべきではない」と強調する.

 

少ない死者の割合「検査数少ない弊害は考えにくい」

 ネットでは「新型コロナ由来の死者を見逃しているのではないか」との疑念が根強い.しかし,政府の新型コロナに関する諮問委員会の尾身茂会長は4日の記者会見で,日本にCTが人口100万人あたり111・49台あり,他の経済協力開発機構OECD)加盟国の1・7~85・8倍と突出している事情を念頭に「日本の医療体制では,肺炎を起こす人はほとんどがCT検査をされ,その多くはPCR検査をされる.(新型コロナによる)死亡者は正しい件数がピックアップされている」と反論した.

 

 富山県衛生研究所の大石和徳所長は「日本は未知の感染症の経験が乏しかった.民間検査会社との協力体制が未構築で,世界に比べて検査数が少ないのは客観的事実だ.しかし,国内の感染者数に占める死者の割合は4%未満と低く,検査数が少ない弊害が大きく出ているとは考えにくい」と話す.【渡辺諒】