「新型コロナ感染症」 頼りになるのは専門家の発言.委員たちはチームとなって,テレビやネット記事でのインタビューに答え,新聞・雑誌の取材に応じ, SNSで頻繁に発信している.だが今後,何らかの深刻な問題が生じたとき,不満の矛先が専門家チームに向けられるなら,政策決定としては健全ではない.責任を負うべきは,専門家チームの提言を受けいれて政策を決定した内閣であり,首相だからである. 牧原出 web 論座 2020年05月02日

前のめりの「専門家チーム」があぶりだす新型コロナへの安倍政権の未熟な対応

専⾨家の役割はあくまで助⾔.政治的決断を下し責任を担うのは政権のはずなのに… …

牧原出 東京大学先端科学技術研究センター教授(政治学行政学

web 論座 2020年05月02日

https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020042900002.html?page=3

 

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 4月7日の7都府県での緊急事態宣言の発令,15日の全国への緊急事態宣言.新型コロナウイルス感染症(以下「新型コロナ感染症」)の感染者数が激増するかどうかの瀬戸際といわれるなか,今日はどれくらい増えたのか,気になる日が続く.

 

存在感を増す専門家たち

 

 そこで頼りになるのは,専門家の発言である.政府の関係会議の委員の発言であればなおさらである.3月以降,委員たちはチームとなって,テレビやネット記事でのインタビューに答え,新聞・雑誌の取材に応じ,あるいは自らSNSで頻繁に発信している.

 

 首相との記者会見に同席した専門家会議の尾身茂副座長,NHK番組で明晰に答える押谷仁・東北大教授,ツイッターでの発信に熱心な西浦博北海道大教授…….専門家たちの活躍に,首相・閣僚の存在感もかすむほどである.

 

 今や感染症対策は,専門家チームが政策の実質を決定し,国民に訴えかけるといった状況を呈している.

 

 その反面,政府の施策に対する反感は,こうした専門家たちにも向かっている.「クラスター対策優先」,「PCR検査の抑制」,「人と人の接触の8割減少を求める外出規制」といった専門家チームの方針と呼びかけは,人々の日常生活を大きく制約し,経済活動は危機に瀕している.さらに,治療を受けられず,突如重篤化して死に至った犠牲者のケースが報告されると,元凶は専門家チームではないかと批判の声が上がる.

 

 

あいまいなままの政権との関係

 

 専門家たちが,あるときは天使,またあるときは悪魔とも呼ばれる,そんなぎりぎりの状況が続く.ある意味,「専門家支配」とでも言うべき政治状況なのである.

 

 4月末になって,感染者数の伸びはやや緩やかになってきており,専門家チームの打ち出した方向が正しかったかのようにも見える.だが今後,何らかの深刻な問題が生じたとき,不満の矛先が専門家チームに向けられるなら,政策決定としては決して健全ではない.本来,責任を負うべきは,専門家チームの提言を受けいれて政策を決定した内閣であり,首相だからである.

 

 にもかかわらず,専門家への不満が非難や責任問題へと結びつき始めているのは,新型コロナ感染症の拡大当初から現在に至るまで,政権と専門家との関係があいまいなままになっているからである.いうまでもなく,責任は政権にある.

 

 

専門家登用の動きが鈍かった安倍政権

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似たような会議が次々と設置

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「チーム」のように対外発信に尽力

 

 4月になると,専門家会議は随時,見解を公表し,クラスター対策班は感染拡大の抑え込みに尽力し,緊急事態宣言に関しては諮問委員会が開催されるという仕組みになった.有効な情報発信をおこない,人びとの「行動変容」を促すことが,感染症抑え込みの切り札であるため,専門家たちはあたかも「チーム」のように(もともと,専門家同士で相互によく知る間柄である),対外発信にも尽力するようになった.

 

 たとえば,3月からほぼ毎週末には,専門家に密着したNHK番組が放映され,新型コロナ感染症対策と状況を専門家が詳しく語っている.ネットメディアのBuzzfeedが西浦氏や岡部氏へのインタビューをタイムリーにアップ.西浦氏は個人のツイッターでの発信も続けた.

いずれも,おおむね説得的な内容ではあったが,発言の切り取り方によっては,専門家の責任が厳しく問われかねないものもあった.

 

 リスクコミュニケーションの体制を立て直すためであろう,4月7日の緊急事態宣言発令と並行し,4月5日には「新型コロナウイルス感染症に関する専門家有志の会」がブログサイト・noteに見解を公表し始めた.ボランティアのサポートも得ながら,見解の普及に努めているかたちだ.

 

 

政府方針を作り,普及させているのは専門家?

 

 このように,専門家が一丸となって状況を分析したり,独自の発信を続けたりする一方で,政権側は4月7日と17日の緊急事態宣言に関する安倍首相の記者会見に,諮問委員会会長の尾身氏を同席させ,政府方針の説明に当たらせている.

 

 確かに,尾身会長のよどみない説明は説得的であった.

だが,諮問委員会は基本的対処方針について,感染症の専門的見地から意見を述べたにとどまる.

実際にそれを決定したのは,全閣僚で構成される新型コロナウイルス感染症対策本部.国会への事前報告も経ており,あくまでも政治の側が決定する仕組みにはなっている.

 

 とすれば,本来,大臣が積極的に記者会見で説明すべきところである.そうではなくて,専門家チームが懸命に発信すればするほど,一般人からすれば,その発言が政府方針そのものと受け取るようになる.別の言い方をすれば,政府方針を専門家が作り,普及させていると受け取るのが自然となっている.

 

 基本的対処方針の決定過程も問題をはらむ.方針文書を見ると,感染症の観点からとはいえ,経済政策の項目も設けられている.本部員が全閣僚で構成されていることからわかるように,全府省にまたがる内容を含んでいるが,主として感染症対策の専門家で構成された諮問委員会は,そのすべてに責任を負うものにはなりえないはずである.

 

 にもかかわらず,緊急事態宣言については,あたかも諮問委員会が決定したと受け止められかねない状況が生まれている.今後,緊急事態宣言を部分的に解除し,徐々に元の生活へと戻る過程では,方針内容はより経済・社会に関わる施策に踏み込まざるを得ないであろう.だが現状では,そこでも専門家の決定と説明に頼らざるを得ない態勢になっているのである.

 

 

専門家依存の背景に政権内の分裂

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責任の所在は政府にある

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政府のコロナ対応が抱える四つの問題点

 第一に,首相の記者会見が原稿の棒読みのため,国民に対して説得的に感染症の問題を説明できていない.結果として,説明を専門家に丸投げすることになり,責任を押しつける形となっている.

 

 第二に,担当大臣が経済政策の司令塔の担当であり,コロナに関する諸問題を調整できる立場ではない.そもそも,2001年に新設された内閣府特命担当大臣のスタッフは,各省大臣と比べて圧倒的に少数であり,寄せ集めでまとまりがないのが通例である.

 

---中略

 

 第三に,当面の対処方針は,部分的には経済政策を含むなど,なし崩し的に感染症対策の枠を超え始めている.諮問委員会の公式メンバーは感染症の専門家であり,社会への説明も政府ではなく,専門家が自発的に行っている.

 

 第四に,結果的に,政府全体の感染症対策と経済社会政策との総合判断の方針が作成されていない.また,その前提となるべき,長期的な予測や対策なども示されていない.

 

---後略

 

 

心もとない現在の態勢

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専門家の発言とメディア報道

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政権に求められることは

 

感染症対策の“司令塔”を内閣のスタッフに

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▽経済政策の策定プロセスを可視化すべき

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▽担当大臣と官房長官で役割分担を

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▽首相の役割とは

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 官僚制のほかにも,それに適した専門家が社会には満ちあふれている.官僚制にとらわれた「側近」政治を乗り越え,広く社会の専門家と対話し,新しいビジョンをつくれるかが今,リーダーに問われているのである.