小倉百人一首には,万葉集に原歌がある歌が推定を含めて四首あります.
いずれも出典は勅撰和歌集で,直接,万葉集から選ばれたわけではありません.
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/01/01/013532
その内の三首について,2017年から毎年の正月に本ブログで取り上げてきました.
(一昨昨年さおととし/さきおととし http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/01/02/005644 )
【田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ】(百人一首)
【田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にぞ 富士(不尽)の高嶺に 雪は降りける】(万葉集)
(一昨年 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2018/01/02/035410 )
【春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香久山】(百人一首)
【春過ぎて 夏きたるらし 白妙の 衣干したり 天の香久山】(万葉集)
(昨年 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/01/02/031137 )
【秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ】(百人一首)
【秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞ置きにける】(万葉集 作者未詳)
今年は,最後の一首をとりあげます.
あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
(出典 拾遺集)
万葉集の原歌は昨年とりあげた天智天皇の原歌と同じく作者未詳.しかも「或本の歌に曰はく」と添えられた歌.
ただし,前三首が万葉集とは異なる歌に改変されたものであるのに対し,万葉の歌がそのまま拾遺集,そして百人一首に取り上げられています.
万葉集 巻十一 2802
思へども 思ひもかねつ あしひきの 山鳥(やまどり)の尾の 長きこの夜を
或本の歌に曰はく
あしひきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかも寝む
“或本の歌に曰はく”と添えられている歌のためか,全収録和歌の現代語訳を載せている折口信夫万葉集には,この歌の現代語訳はありません.
伊藤博 新版万葉集三(角川ソフィア文庫)の現代語訳は次の通り;
山鳥の尾の垂れ下がった長い尾のように,何とも長たらしいこの夜なのに,独りわびしく寝ることになるのか
なぜ,藤原定家が柿本人麻呂作として百人一首にとりあげたのか?
詳しいことは分からないようですが,定家自身はこの歌を気に入っていたようで,有吉保「百人一首 全注釈(講談社学術文庫)」には,次のような注釈が添えられています.
この歌は『万葉集』巻十一2802の「或本歌曰」としてみえるのが原歌で,本来は作者未詳歌であるが,『柿本集』(⇒*)などにも入り,人麿(原文ママ)歌として伝承される間に,『拾遺集』に選歌され人麿作として定着したものとみられる.
----中略
定家は『二四代集』以下の諸秀歌選にこの歌を選んでおり,この歌を本歌にして「ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜置きまよふ床の月影」(『新古今集』秋下487,『二四代集』にも)などを詠んでいるが,声調も良く,映像性に富み,優美な余情の感じられる秀歌として高く評価していたものとみられる. 有吉保「百人一首 全注釈(講談社学術文庫)」
⇒* 和歌データベース
柿本集 成立年時未詳(※700年前後)
柿本集 恋
00212 異同資料句番号:00333
あしひきの-やまとりのをの-したりをの-なかなかしよを-ひとりかもねむ
百人一首の解説書では,万葉集のものとは違って,詳しい解説が書かれていますね.
現代語訳もとても丁寧です.
山鳥の長くたれさがった尾のような長い長いこの秋の夜を,恋しい人と離れて,ただひとり寂しく寝ることであろうかなあ.
口訳万葉集/百人一首/新々百人一首 :折口 信夫,小池 昌代,丸谷 才一|河出書房新社
夜になると 山鳥は
谷を隔てて
雄雌 別々に眠るという
あのだらりとしだれた尾っぽのような
ながい ながいこの夜を
独り 眠るのか
このわたしも
恋する人と離れ,独り寝する長い夜のわびしさをうたったもの.
言葉のほとんどは,「長い」ということを言うために費やされている.「の」の重なりも,先へ先へと引っ張られていく感じに効果をあげていて,彦延ばされた棒のような時間が,歌の芯に感じられる.
「あしびきの」は山や峰にかかる枕詞.万葉のころまで,「びき」と濁らず.あしひきという清音だったようだ.いずれにしても枕詞は謎だらけで分かっていないことのほうが多い.
山鳥とは,日本の固有種で山に住むキジ科の鳥.写真で見ると,目のまわりが真紅に彩られた美しい鳥だ.歌に詠まれた長い尾を持つのは雄である.
昼間は一緒にいても,夜になると,雄と雌とが,谷を隔てて別々に眠るという習性があるとされた.
会いたくとも会えない物理的な距離は,恋の炎を燃え立たせる要素.思いをこがしながら目をとじる.すると目の奥に,えぐられたような深山の谷が見えてこないだろうか.その闇の深さが孤独の深さ.孤独を知る人こそが恋する人だ.
歌の背景にある様々な要素を丁寧にひろっていくと,一首のなかに奥行きが生まれ,深い時空間が広がっていく.
地味な内容だが,声に出して詠むとき,音韻の流れによろこびがひろがる.
折口 信夫 著 小池 昌代 訳 丸谷 才一 著