百人一首の巻頭歌「秋の田の---」が天智天皇の御歌とされた経緯は定かではありませんが,百人一首の解説書の著者の方々は,様々な推定をされています.万葉集の作者不明歌が,後世口づてに伝えられた中で細部が洗練され,理想的為政者が詠むであろう歌の内容から,天智作として広まったのかもしれません.

小倉百人一首には,万葉集に原歌がある歌が推定を含めて四首あります.いずれも出典は勅撰和歌集で,直接,万葉集から選ばれたわけではありません.

例えば,

一昨年取り上げた山部赤人の歌.

yachikusakusaki.hatenablog.com

昨年取り上げた持統天皇の歌.

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は,ともに新古今集が出典.

新古今集に採用された時点で,万葉集の原歌とは,細部に異なった表現が用いられています.

斎藤茂吉氏によれば「比較して味わうのに便利」とのこと.

 

今日取り上げる百人一首天智天皇の歌

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http://www.samac.jp/search/collection_detail.php?from=uta_list&item_id=1

秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ

は,十世紀半ばに編纂された「後撰集」で天智天皇作とされていました

 

 

しかし,原歌と考えられている万葉集の歌(巻十-2174)は,“詠み人知らず”.

【秋田刈る 仮庵を作り 我が居れば 衣手寒く 露ぞ置きにける】

 

万葉集から後撰集に至るいきさつは不明です.百人一首の解説を書いておられる方々三名が推定/推論していますので,これを以下に転載させて頂きます.

三名の中では,有吉保氏が,最も踏み込んだ論を展開しています.氏の意見を勝手にまとめさせて頂くと:

1. 平安朝の天皇の直系の祖・天智天皇を尊ぶ気持ちと理想的為政者が詠むであろう歌の内容から,天智作と伝承された.

2. 定家は万葉で詠み人知らずとされていることをもちろん知っていたが,後撰集以後の天皇観にもマッチしているため,この“帝王ぶりの詠”を天智作として選んだ.

3. 百人一首を構想した初めから,巻頭歌を天智天皇御歌とすることを決めていた.

なお,有吉保氏も書き添えているように,この万葉集・詠み人知らずの歌は,ほぼそのままの形で(しかも詠み人知らずとして),藤原定家も選者に加わった新古今集に採用されています**.

定家自身がこの御歌を意図的に百人一首に天智作として取り入れた証拠?

 

小池昌代

「おそらく口伝えで細部が洗練され,やがては天皇の歌とされたのだろう」

百人一首 小池昌代訳 (池澤夏樹=個人編集 日本文学全集02)

 

鈴木日出男氏

「この歌は,天智天皇の作とは思われない.おそらく,万葉集の作者不明歌が,後世口づてに伝えられたのであろう.歌詞も幾分か変わり,なぜか作者も天智天皇とされ,そのまま十世紀半ばに編まれた勅撰集『後撰集』に収められてしまった.このように,はるか万葉時代の歌が,王朝人好みの言葉づかいにかわって伝承される例は,少なくない」

百人一首 鈴木日出男著 ちくま文庫

 

有吉 保氏

「原歌は万葉集(読人知らずで『新古今集』にも入る)で,本来は民謡的性格の歌であったとみられるが,これに平安朝の歴代が天智天皇の後胤(こういん 子孫の意)を承ける(うける ひきつぐの意)という血脈上の尊崇意識が結びつき,理想的為政者の詠として天智作と伝承されたものと考えられる.

宇比麻奈備(うひまなび)は万葉集の訛伝(かでん 間違った言い伝え)であり,天智作でないことを主張しているが,新古今選者の一人である定家は,当然のことながら,万葉原歌の存在を熟知していたはずで,『後撰集』以来の伝統的な天皇観を念頭に置きつつ,天智御製(ぎょせい)として選歌したものだろう.したがって,定家は『後撰集』同様に,天皇が農民の苦労をしのんだ帝王ぶりの詠として享受していたのであろう.

巻頭に天智・持統両天皇の御製二首を配したのは,巻軸を後鳥羽・順徳両院の同じく御製二首で結んだのに対応している(ともに,血脈上は父子関係にある).この歌を巻頭に据えるという考えは,選歌の最初から動くことのなかった構想で,『明月記』嘉禎(かてい)元年五月二七日条に『古来の人の歌,各一首.天智天皇より以来,家隆・雅経に及ぶ』と記されている」

百人一首 全訳注 有吉保 講談社学術文庫

 

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秋田守(も)る かり庵(いほ)つくり わがをればころも手さむし 露ぞおきける

よみ人しらず 新古今集454

 

以下続く

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ウィキペディア

天智天皇 系図 - Google 検索

http://manoryosuirigaku2.web.fc2.com/chapter1-6.html

より