いて座のギリシャ神話6
弓を射る半人半馬が描かれる「いて座 Sagittarius(Sgr)」
ギリシャ神話では,ケイローン/ケイロン(Chiron),または,クロトス(Crotus/Krotos)とされています.
Star Myths | Theoi Greek Mythology
ケイローンは,野蛮かつ好色とされるケンタウロスの一人でありながら,学識に優れ,とくに音楽,医術,狩猟,預言術に精通し,多くの神々の子や英雄たちの養育に携わったとされています.弟子として名前が挙げられた英雄は実に25名!ケイローンは,他のケンタウロスとは生まれが違い,神の直系/ゼウスの異母兄弟.死後星座とされますが,死の場面を描いているのは,偽アポロドーロス/ビブリオテーケー.
ケイローンの出生については,「アルゴナウティカ」の挿話に語られています.妻レアーの目を盗んでピュリラーとの情事にふけるクロノスは,妻に見つかり馬に姿を変えて逃げ出します----.「アルゴナウティカ」では,この挿話の前に,ペーレウスがアルゴ号の乗員を鼓舞する場面があります.ペーレウスの結婚にはケイローンの尽力があり,また息子アキレウスの教育を引き受けたのがケイローン.この挿話は,このような逸話を知る読者にとっては,ごく自然な流れ.
多くの神々の子や英雄たちの養育に携わったケイローン.古代ギリシャローマ原典での記述が確認できたのは,養蜂の技術を発明したアリスタイオス.処女神アルテミスの入浴中の裸体を目撃してその怒りに触れて殺された狩人アクタイオーン.アルゴ船乗組員の指揮者として活躍したイアーソーン.酒と豊穣の神ディオニューソス.「イーリアス」の主人公でトロイア戦争の英雄アキレウス.そして,ギリシア神話の英雄で医術の神アスクレーピオス.
アキレウスとケイローン/ いて座のギリシャ神話5 ケイローンは多くの英雄を育てましたが,中でもアキレウスの養育は数多くの古代ギリシャ・ローマ原典に記され,古代ギリシャの壺絵や古代ローマのフレスコ画,さらには18-19世紀には新古典派・ロマン派の絵画にも描かれています.アキレウスを育てるようになった経緯は,偽アポロドーロス“ビブリオテーケー”に.“アルゴナウティカ”によれば,アキレウスの父ペーレウスは,その後アルゴー号に乗船しますが,その船出を見送るケイローンの傍らには幼子アキレウスが---
ケイローンは,トロイア戦争の英雄アキレウスの養育係だったことが良く知られていますが,このアキレウスの父ペーレウスと強い繋がりがあったことも忘れてはいけないでしょう.
ペーレウスは波乱に満ちた生涯を送ったギリシャ神話の英雄ですが,最も良く名前が挙げられるのが, テティスとの結婚.
テティスは,海神ネーレウスの50人の娘たち(ネーレイス/ネーレイデス)の1人でそのリーダーとも目される女神.ホメーロス“イーリアス”では重要な役割を与えられていることでよく知れれています.
ヘーラーに養育されたとも言われ,ゼウスやポセイドーンにも求愛を受けたものの,ヘーラーへの恩からそれを断ります(一説ではテティスの子供が父を凌駕するとの予言でゼウスが身を引いた).
そして人間のペーレウスと結婚式を挙げます.この結婚式は全ての神が招かれる盛大なもの.
しかし,ここに招かれなかった争いの女神・エリスが投げ入れたリンゴが遠因となってトロイア戦争が引き起こされます.(⇒*トロイア戦争の原因)
ケイローンは,アキレウスの養育を引き受けますが,かつてペーレウスの命を救い,またテティスとの結婚を後押しします.(偽アポロドーロス ビブリオテーケー ⇒下に引用)
その結婚式に招かれた様子は,古代ギリシャの壺絵にも残され,その姿は一際目立ち,主賓の一人にも見えます.
壺絵では,ペーレウスに続いて,
イーリス,デーメーテール,ヘスティア,カリクロ,レートー,ディオニソス,ヘーベー(ヘーラーの娘神)が続き,
その次に現れるのがケイローン.
少なくとも,神々と同列に扱われていることが見て取れます.
https://www.theoi.com/Gallery/K15.1.html
Wedding of Peleus & Thetis - Ancient Greek Vase Painting
(日本語の解説文ではケイローンを怪物の範疇に汲み入れる記述がよく見受けられます.しかし,一般のケンタウロスでさえ,怪物monstarではありません.英語表現ではbeast/creature等に相当.ましてや,智恵と技術を広めたケイローンを怪物monstarと表現するのは誤りでしょう.
アルゴナウティカでは“クロノスの子”との記述も見られます.神々に列席する資格のある人物であることは,ペーレウスとテティスとの結婚式の壺絵からも明らか)
・偽アポロドーロス“ビブリオテーケー”
▽ ペーリオン山中で眠りに入った時に,アカストスは彼(ペーレウス)を棄て,彼の刀を牛の糞の中に隠して帰った.
ペーレウスは起き上がって,刀を探している間にケンタウロス族に捕らえられて,危ないところをケイローンによって救われた.そして彼は刀をも探し出して与えた.
▽ ペーレウスはペリエーレースの娘ポリュドーラーを娶り(めとり),彼女の原より表面上の子供目ネスティオスが生まれたが,彼はスペルケイオス河の子である.後彼はネーレウスの娘テティスを妻とした.彼女と結婚せんものとゼウスとポセイドーンが争ったが,テミスが彼女より生まれた子供はその父より強くなるであろうと予言したので,彼らは手を引いた.
しかし一説によればゼウスが彼女との情交に熱心であった時に,プロメーテウスが,彼女よりゼウスに生まれた子は天を支配するであろうと言ったと言われ,また一説によれば,テティスはヘーラーによって育てられたためにゼウスと交わることを欲せず,ゼウスは憤って彼女を人間と居をともにするようにしようと欲したのであるという.
そこでケイローンはペーレウスに姿をさまざまに変える彼女を捕まえて,じっと捕まえているように教えたので,ペーレウスはすきを狙って彼女を捕え,あるいは水,あるいは獣になる彼女を,元の姿になるのを見るまで,放さなかった.
テティス - Wikipedia Thetis - Wikipedia THETIS - Greek Sea-Goddess & Leader of the Nereides
そしてペーリオン山中で彼女と結婚し,神々は結婚を祝して宴をはり,歌った.
そしてケイローンはペーレウスに梣(とねりこ)の槍を,ポセイドーンは馬バリオスとクサントスを与えた.この馬は不死であった.
⇒* トロイア戦争の原因(ウィキペディア:この項目のウィキペディアの記事はとても良く書かれていると思われます)
この戦の起因は,『キュプリア』に詳しい.大神ゼウスは,増え過ぎた人口を調節するために,秩序の女神・テミスと試案を重ね,遂に大戦を起こして人類の大半を死に至らしめる決意を固めた.
オリンポスでは人間の子ペーレウスとティーターン族の娘テティスの婚儀が行われていたが,争いの女神・エリスのみはこの饗宴に招待されず,怒った彼女は,「最も美しい女神へ(καλλίστῃ)」と書かれた,ヘスペリデスの黄金の林檎(不和の林檎)を神々の座へ投げ入れた.この供物をめぐって,殊にヘーラー,アテーナー,アプロディーテーの三女神による激しい対立が起り,ゼウスはこの林檎が誰にふさわしいかをトロイアの王子パリスにゆだねた(パリスの審判).
ファイル:Peter Paul Rubens 115.jpg - Wikipedia ファイル:Le Jugement de Pâris, par Pierre-Auguste Renoir.jpg - Wikipedia
三女神はそれぞれが最も美しい装いを凝らしてパリスの前に立ち,なおかつ,ヘーラーは世界を支配する力を,アテーナーはいかなる戦争にも勝利を得る力を,アプロディーテーは最も美しい女を,それぞれ与える約束を行った.パリスはその若さによって富と権力を措いて愛を選び,アプロディーテーの誘いによってスパルタ王メネラーオスの妃ヘレネーを奪い去った.パリスの妹でトロイアの王女カッサンドラーのみはこの事件が国を滅ぼすことになると予言したが,アポローンの呪いによって聞き入れられなかった.
メネラーオスは,兄でミュケーナイの王であるアガメムノーンにその事件を告げ,さらにオデュッセウスとともにトロイアに赴いてヘレネーの引き渡しを求めた.しかし,パリスはこれを断固拒否したため,アガメムノーン,メネラーオス,オデュッセウスはヘレネー奪還とトロイア懲罰の遠征軍を組織した.
この戦争では神々も両派に分かれ,ヘーラー,アテーナー,ポセイドーンがギリシア側に,アポローン,アルテミス,アレース,アプロディーテーがトロイア側に味方した.