虹の女神イーリス(イリス)2 女神イーリスは,ギリシャ神話で主役を演じることはありません.ゼウスやヘーラーのメッセンジャーの役回り.ただし,メッセンジャー役とはいえ,ホメーロス「イーリアス」では,ゼウスの伝令として大活躍.その名前は40回も登場します.初めてゼウスの意向を伝える場面:ギリシャ軍を待ち受けるトロイへ策を授けます.“さて,ポリテスの姿を借りて,脚迅きイリスがプリアモスに語りかけていうには「御老体よ,あなたは相も変らず長々と---」

世界中で愛されているアイリス(アヤメ属).

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語源はギリシャ語のÎris “虹”.虹のように美しい花として名づけられました.

Îrisはまた,虹の女神イーリス(イリス)としても知られています.

 

女神イーリスは,ギリシャ神話で主役を演じることはありません.ゼウスやヘーラーのメッセンジャーの役回り.

 

ただし,メッセンジャー役とはいえ,例えばホメーロスホメロス)「イーリアスイリアス)」では,ゼウスの伝令として大活躍しています.

キンドル版「イーリアス岩波文庫)」で,“イリス”を検索すると,なんと40回(約10場面)もその名前が登場することが分かりました.

 

 

イリアス(ブリタニカ国際百科事典)

イリアスとは - コトバンク

ギリシアホメロスの英雄叙事詩. 24巻(24歌).前8世紀に成立.

ギリシア(アカイア)軍によるトロイ(トロイエ)包囲戦 10年目の一事件を扱う.主題は「アキレウスの怒り」とその悲劇的結末である.

ギリシア(アカイア)軍の総大将アガメムノンと第1の勇将アキレウスが捕虜の娘をめぐって反目し,アキレウスが引揚げたために,ギリシア軍はディオメデス,アイアス,メネラオスオデュッセウスらの活躍にもかかわらず苦戦を強いられる.アキレウスの親友パトロクロスはたまりかねてアキレウスの武具を借りて敵を追うが,敵将ヘクトルに倒される.ついにアキレウスが立上がって一騎討ちの結果,ヘクトルを打取る.しかし,アキレウスヘクトルを殺せば自分もまた死すべき運命にあることを知っていた.

 

この物語には,オリンポスの神々が関わっており,ゼウスは全編にわたって神々の王として戦況を支配しています.

そのゼウスの意向をギリシャ(アカイア)軍・トロイ(トロイエ)軍に知らせる役回りがイーリス(イリス).

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IRIS - Greek Goddess of the Rainbow, Messenger of the Gods

初めて名前が登場するのは第二歌.

その一場面を,岩波文庫から引用します.

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[第一歌梗概]

 捕らわれてアカイア軍の総帥アガメムノンの妾とされたクリュセイスを,その父でアポロンの祭司であるクリュセスが解放するよう歎願(たんがん)するが拒絶され,クリュセスの訴えにより,アポロンが陣中に悪疫を発生させる.アキレウスの介入でクリュセイスは返還されるが,怒ったアガメムノンは,アキレウスの愛妾ブリセイスを奪う.

アキレウスは戦線から離れ,母テティスに名誉回復を訴える.テティスはそれをゼウスに歎願し承諾させる.

それが因(もと)でゼウスと妃ヘレとの間に争いが起こるが,ヘペイストスのとりなしで一旦は収まる.

 

 [第二歌梗概] ゼウスはテティスへの約束を果たすべく,アガメムノンに惑わしの「夢」を送り,戦闘を再開させる.アガメムノンは軍勢の士気を試すため,まず帰国を提議すると,厭戦気分の強い兵士らは直ちに帰国の準備にかかり大混乱に陥るが,オデュッセウスの介入で辛くも収拾され,開戦が決定される.-----

 

第二歌 夢.アガメムノン,軍の士気を試す.ボイオテイア

 他の神々,また戦車を駆って戦う勇士らが,みな夜もすがら眠る中に,ひとりゼウスには安らかな眠りが訪れず,アキレウスの面目を立て,アカイア勢の船陣のほとりであまたの戦士を斃(たお)すには,どうしたものかと心中思いめぐらしていた.思案の果て,アトレウスの子アガメムノンに,惑わしの「夢(オネイロス)」を送るのが最上の策であると思いついた.

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トロイアに向けて進軍する長大なアカイエ勢の軍表)

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この時,アイギス持つゼウスの使いとして,脚迅きこと風の如き虹の女神(イリス)は,危急を告げる報せを携えて,トロイエ勢の陣営に駆けつけた.

折しもトロイエ人は,プリアモスの王城の門前で,老いも若木もみな寄り合って,論議を交えていたが,脚迅きイリスはその場に近づき,プリアモスの子ポリテスの声を真似て語りかけた — 当のポリテスはその俊足を恃んで,トロイエ方の見張りとなり,「アイシュエイテス翁の塚」の頂上に陣取って,アカイア勢が船陣を出て攻撃に移る時期を待ち構えていた.

さて,ポリテスの姿を借りて,脚迅きイリスがプリアモスに語りかけていうには

 「御老体よ,あなたは相も変らず長々と埒(らち)もない議論がお好きのようですな.のっぴきならぬ戦が始まっているというのに,平和の折のようなつもりでおいでになる.

わたしもこれまで合戦には幾度も加わったことがあるが,これほどの精鋭をすぐった,これほどの大軍はいまだかって見たことがない.まことにその数,森の木の葉か浜の真砂にも比すべき大軍が,この町を攻めんとして平原を進撃してくる.

そこでヘクトルよ.特に兄上に頼みたいのだが,これからわたしの申す通りにしてもらいたい—この広大なプリアモスの町には,援軍が多数集まっているが,その住む国は離れ離れで話す言葉もみな違っている.されば来援の対象たちには,それぞれ己の領地に住む同国人の軍勢を指揮させ,戦列を整えて戦場に向かわせるのがよかろうと思う.」

 こういうと,ヘクトルは誤たずそれを女神の言葉と知って,すぐに集会を閉じた.兵士らは思い思いに武具をとりに走り,城門はすべて開け放たれ,あるものは徒歩(かち),あるものは戦車を城外に打ち出ると,耳を聾する騒音がわき起こった.

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