いて座のギリシャ神話2
弓を射る半人半馬が描かれる「いて座 Sagittarius(Sgr)」
ギリシャ神話では,ケイローン/ケイロン(Chiron),または,クロトス(Crotus/Krotos)とされています.
Star Myths | Theoi Greek Mythology
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ケイローンは,野蛮かつ好色とされるケンタウロスの一人でありながら,学識に優れ,とくに音楽,医術,狩猟,預言術に精通し,多くの神々の子や英雄たちの養育に携わったとされています.弟子として名前が挙げられた英雄は実に25名!ケイローンは,他のケンタウロスとは生まれが違い,神の直系/ゼウスの異母兄弟.死後星座とされますが,死の場面を描いているのは,偽アポロドーロス/ビブリオテーケー.
CHIRON (Kheiron) - Elder Centaur of Greek Mythology
ケイローンの死(偽アポロドーロス/ビブリオテーケー 等)
ケンタウロスを追ってきたヘラクレスが放った毒矢が一人のケンタウロスを射抜き,更にケイローンの膝に刺さってしまいます.不死の身ながらその痛みに耐えかねたケイローンは、その不死をプロメテウスに譲って死んでしまいます.
一方,ケイローンの出生については,ギリシアの詩人ロドスのアポロニオスによる「アルゴナウティカ」(⇒*)に描かれています.
「アルゴナウティカ」は,アルゴ号に集まったイアソンら英雄たちが,イオルコス王の命に従い黄金の羊皮を求める英雄叙事詩.アルゴ号がピルリャの島に沿って進んだ時の挿話がケイローンの出生物語.
ゼウスの父であり,ゼウスが支配する以前の天界の王クロノスは,妻レアー(レイア)の目を盗んで,ピリュラー(ピュリラ)と交わります.しかし,レアーに見つかり馬の姿を借りて逃げ出しました.
アポロニオス アルゴナウティカ(岡道男訳) 講談社 世界文学全集
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たちまち大勢の者の頬が青ざめた.
かくも大きな試練を聞いたからだ.しかしすぐにペレウス(ペーレウス**)が自信に満ちた言葉で答えて言った.
「友よ.あなたの話で,そのように恐れさせないでほしい.
われわれは,アイエテスの力を武器で試してひけをとるほど,武勇に劣った者ではありません.
思うに,かの地へおもむくわれわれもまた戦いを心得ており,ほとんど至福の神々の血を引く者です.
だから,もし王が友好のために金羊皮を渡さぬから,コルキスのあまたの部族もかれの力になるとは思えません」
このように,かれらは交互に語り合った.
やがて,再び腹いっぱい食べると,眠りについた.
明け方,目ざめたかれらに穏やかな追風が吹いてきた.
帆が上げられ,風の勢いでいっぱいにふくらんだ.
こうしててかれらはアレスの島をあとにした.
続く夜,かれらはピリュラの島に沿って進んだ.
かつてそこでウラノス(ウーラノス)の御子クロノスがピリュラと共に寝んだ.
クロノスがオリュンポスでティタン族を支配し,またゼウスがクレタのイダの洞穴でクレテスに育てられていたときのこと,
彼は后のレイア(レアー)を欺いた.
だが女神は情事にふける二人を見つけた.神は床から跳び上がり,たてがみをたなびかす馬の姿をとって走り去った.
オケアノスの娘ピリュラは恥じて,その地の住みかをあとに,ペラスゴスの高い山なみへおもむいた.
そこで,半分は馬に,あと半分は神に似た巨大なケイロン(ケイローン)を,閨(ねや)で姿を変えたクロノスに生んだ.
そこからかれらは,マクロネス人の国と,ペケイレス人の国を,つづいてピュゼレス人の地を通り過ぎた.---
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『アルゴナウティカ』(アルゴ号の航海)
古代ギリシアの詩人「ロドスのアポロニオス(295-215BC)」による長編叙事詩(全四巻).
イオルコス王ペリアスの命に従い,黄金の羊皮を求めたイアソン(イアーソーン)を主人公とする.
イアソンはギリシアのおもな英雄たちとともに,アルゴ号に乗って黒海東岸のコルキスへ航海し,王女メディアに助けられて黄金の羊皮を手に入れた.帰途ダニューブ,ポー,ローヌ川を通り,イタリア,アフリカを経て,故郷へ戻った.
第3巻は恋するメディアの心理を生き生き描き出す.航海の物語は神話や歴史への言及に満ちているが,これは単なる考証ではなく,英雄時代のできごとを現実の世界に結び付ける役割を果たしている.
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ペーレウス
ギリシャの英雄.ネーレイデスのティティスとの間にもうけた息子がアキレウス.
ケイローンは,ペーレウスの命を助け,またテティスとの結婚にも力を尽くした.
ペーレウスがアルゴー(アルゴ)号の乗員を鼓舞した後の挿話で,ケイローンの出生が語られるのは,この逸話を知る読者にとっては,ごく自然な流れ.
しかも,アルゴー号を指揮したイアーソーンはケイローンによって育てられた!
(これらを知らなかった私には,この挿話はやや唐突な感がありました)