虹の女神イーリス(イリス)3 ギリシア・ローマ神話の宝庫,オウィディウス転身物語.ここでもイーリスは大活躍.ゼウスが企てた人類滅亡の大洪水では「あの七彩の着物をきたイリスが,この水をまた吸いあげては,雲にあらたな養分をはこんでいく」 夢の館へイリスが入ると「この神の館じゅうが彼女の衣のまばゆい光輝であかるく輝いた」

ギリシャ語Îris “虹/虹の女神”.

現代英語Iris(アイリス,アヤメ属)の語源としても知られています.

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“虹/虹の女神”イーリス(イリス)は,ゼウスのメッセンジャーとして,古代ギリシャ最大の叙事詩イーリアスホメーロス)では大活躍していました.

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/04/22/003205

yachikusakusaki.hatenablog.com

イーリアス以外のギリシャ神話原典でも,イーリスが登場する場面が沢山あることは,例えばthe Theoi projectのサイトにもまとめられている通りです.

IRIS - Greek Goddess of the Rainbow, Messenger of the Gods

 

今日は,オウィディウス“転身物語”(Metamorphoses転身譜/変形譜/変身物語)でイーリスが登場する場面を一部転載させて頂きます.

 

変形譚(読み)へんけいたん(英語表記)Metamorphoses

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

変形譚(へんけいたん)とは - コトバンク

ローマの詩人オウィディウス叙事詩体による神話物語集。 15巻。

人間が動植物などに変る奇跡的転身の物語を集めたもので,ギリシア・ローマの神話伝説の最も華麗な集大成。

ヘレニズム期のギリシア詩人ニカンドロスの同名の神話集にヒントを得たものであるが,素材源は多岐にわたり,いくつかの神話は彼自身の創作とみなされる。また 15巻の作品構成はまったく独自の考案になる。

ギリシアローマ神話の宝庫として中世,近世の詩人,画家,彫刻家に霊感と資料を提供した。

 

 

人文書院版・転身物語(オウィディウス 田中秀央/前田敬作訳)の索引をみると,イオスの名前は,脚注に書かれているものも含めて8カ所.イーリアスに比べて少ないとはいえ,転身物語での活躍もかなりのもの.

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なお,イーリアスでは“脚迅き”と形容されていますが,転身物語では“七彩の衣をまとった”と,虹の女神であることが強調されています.

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IRIS - Greek Goddess of the Rainbow, Messenger of the Gods 

 

初めに登場するのは,“第一巻 五 人類滅亡の大洪水の場面”.

あらゆる悪行が押し寄せた“鉄の時代”.

ユピテルギリシャ神話ではゼウス,ユーピテルと表記されることもある)は人類を大水によって滅ぼしさろうと決意します.

「全てのものに天罰を下さねばならぬ」

 

かれ(ユピテル)は,ただちに北風(アクウイロ)をはじめ,おもい雲の層を吹き払う風という風を,アエオルスの洞穴にとじこめ,南風(ノトウス)だけをとき放った.

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かれが低く垂れ込めた雲を大きな手でおさえつけると,ものすごい音がして,天から豪雨がどしゃぶりに降る.

ユノ女神ギリシャ神話ではへーラー)の使い女(め),あの七彩の着物をきたイリスが,この水をまた吸いあげては,雲にあらたな養分をはこんでいく.

穀物は,地面にたおされ,農夫の祈願もむなしく,一年間の丹精は,徒労に帰してしまった.

 しかしユピテルの怒りは,天上の諸力を動員するだけでは満足しなかった.

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上記に,“ユノ女神の使い女”とあるように,虹の女神イリスは,天上の神々のなかでも,特にユノ(ヘーラー)の使神とされています.

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IRIS - Greek Goddess of the Rainbow, Messenger of the Gods

 

 

巻十一 “八  ケユクスの難破” 〜 ”九  夢”

夫ケユクスが難破して死んだことを知らずに祈りを捧げるアルキュオネ.

ユノ女神(ヘーラー 結婚,夫婦生活の守護神)は,すでに死んだ人間のためにささげられる祈りを聞くに忍びなくなります.

「イリスや,わたしの声の忠実な使者よ,いそいでソムヌス(“眠り”の擬人化神 ギリシャ神話ではヒュプノスの住む城館へいっておくれ.

そして,なくなったケユクスの姿をかりた夢をアルキュオネのもとに送り,不幸な出来事をつつみかくさずおしえてやるように,言いつけておくれ」

そこで,イリスは,美しい七色の衣をまとい,空に弓形の橋をかけ,ユノの命じた王(ソムヌス/ヒュプノスが住む雲にかくれた館へとおもむいた.

 

キムメリ人(太陽の昇らない常闇の国に住む神話的種族)の住む国の近くに,山の中腹にふかく入りこんだ洞穴があって,このうつろな山が怠け者のソムヌスヒュプノスの館であった.

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洞穴の中央に黒檀の高い寝床があって,その布団には羽根をつめ,模様がなく黒一色で,さらに黒い色の掛布がかけてあった.この寝台に眠りの神が,ものうく手足をだらりとのばして寝ている.かれのまわりには,あちらにもこちらにもいろいろな姿をした幻のような夢たちが.秋の麦穂か森の木の葉か浜の真砂の数ほどたくさんごろごろ横たわっている.

かの乙女神(イリス)がここに入ってきて,邪魔になる夢どもを手でかきわけると,この神の館じゅうが彼女の衣のまばゆい光輝であかるく輝いた.

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イリスは答えた.

「おお,ソムヌス,万物の安息よ.神の中で最もおだやかな神,ソムヌスよ,たましいの平和,こころの悩みを追いはらう神,はげしい労働に疲れた身体をやすめ,ふたたび新しい仕事にとりかかる力をよみがえさせる眠りよ,

実在の姿を上手に真似る夢をヘルクレスゆかりの町トラキンに送り,そこの王の姿になっているアルキュオネのもとにいき,難破の模様を教えさせるがよい.これは,ユノさまのご命令なのです」

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