元マラソン世界選手権代表の女性が窃盗罪に問われ,執行猶予付きの判決を受けた.体重制限に伴う摂食障害が背景にあったと知り,胸が締め付けられる思いがした.私自身も当事者で,思春期の発症から治療を始めた三十歳まで,過食と嘔吐を繰り返してきたからだ.摂食障害の体験を書くのは初めてだ.自分の弱さに振り回されているのは今も変わらず,少なからずちゅうちょしている.それでも書こうと思ったのは,生きづらさに悩む人に「一人ではない」と伝え,多くの人に問題の深刻さを知ってもらいたいからだ.東京新聞社会部 中村真暁

摂食障害当事者として

弱さ受け入れられる社会に

東京新聞2019年(平成31年)1月22日 視点

社会部 中村真暁

 

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元マラソン世界選手権代表の女性が昨年十二月,菓子などの万引を繰り返したとして窃盗罪に問われ,執行猶予付きの判決を受けた.厳しい体重制限に伴う摂食障害が背景にあったと知り,胸が締め付けられる思いがした.

私自身も当事者で,思春期の発症から治療を始めた三十歳までの十三年間,過食と嘔吐を繰り返してきたからだ.

 

摂食障害は拒食や過食など,食行動を中心に問題が起きる精神疾患だ.

重症化すると死に至ることもあり,自殺を含めた死亡率は他の精神疾患に比べ高い.

 

ダイエットが流行し,社会の複雑化でストレスが多様化する中,運動選手以外にも多くの患者がいる.厚生労働省の研究班が二〇一四〜一五年に行った調査では,病院を受診した推計患者数は約二万四千五百人.診療所や受診しない人は含まれず,実際はもっと多いと考えられるという.

 

私の場合は勉強や家族,人間関係など,いろいろな不安が背景にあったと思う.自分に自信がなく,痩せることはいいことだと思い込み,外見だけでも「よく」見せたかった.太ることが怖かった.

 

食べ物をビニール袋いっぱい買い込んでは食べ,泣きながらはいていた.胃酸で歯が溶け,虫歯だらけになり,二十七歳で抜歯も経験.少しでも体重が増えれば下剤を乱用した.

「最後にしよう」と何度も思ったが,意思だけではどうにもならず,症状は自分の「弱さ」だと思い,誰にも相談できなかった.

 

三年ほど前,歯の治療中に「吐いてないか」と医師から聞かれた.他人から症状を指摘されたのは初めて.現実を直視し,関連書籍や資料を集め,病院や自助グループ「NABA(ナバ)」(東京都世田谷区)に通い始めた.

 

グループでなぜ痩せたいか,何にこだわっているかなどを仲間に打ち明けていった.

グループ代表の鶴田桃エさんは「摂食障害の根底には,男らしさや女らしさといった社会の価値観に縛られた経験や,虐待やいじめなどによる心の傷があり,これらを見つめ直すことが回復のステップになる」と指摘する.

 

そうしているうちに,自分を責めてばかりいたことに気付き,ここなら逃げられると安心できるようになった.いつの間にか症状はほぼなくなり,今は再発しても大丈夫だとさえ思えている.

 

摂食障害の体験を書くのは初めてだ.

自分の弱さに振り回されているのは今も変わらず,少なからずちゅうちょしている.それでも書こうと思ったのは,生きづらさに悩む人に「一人ではない」と伝え,多くの人に問題の深刻さを知ってもらいたいからだ.

 

摂食障害でなくても,居場所がなく,つらい思いをしている人は少なくない.

自身や他人の弱さを受け入れられる社会にするには何が必要か,当事者として,記者として考え続けたい.

 

(中村真暁記者の勇気と決意に,心からのエールを捧げたいと思います. 

  yachikusakusaki)

 

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