オウィディウスMetamorphosesに描かれた「アキスとガレテアの恋物語」1
〈田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院 より〉
なお,本ブログで取り上げてきたギリシャローマ神話は,登場人物をギリシャ語名で表記してきましたが,Metamorphoses(転身物語/転身譜/変身物語)はラテン語で書かれた物語.
日本語翻訳された人名もラテン語名をもとにした表記でとなっていますので,以下,登場人物名はラテン語名で話を進めることにします.
1. 「アキスとガレテイアの恋物語」に先立つ物語
転身物語では,「転身(または変形)のモチーフを中心に、大小250に及ぶさまざまな神話伝説をつなぎ合わせながら」(日本大百科全書転身譜(てんしんふ)とは - コトバンク),物語がすすめられていきます.
「アキスとガレテイアの恋物語」の前章には,トロイアの英雄アエネアス
;アイネイアース ウェヌス(アプロディーテー)の息子で,後にローマ建国の祖となったといわれる,
が,トロイア戦争後イタリア半島に逃れる航海が描かれていきます.
Aphrodite & Aeneas - Ancient Greco-Roman Fresco
この島の難所の描写では;
----トロイア人たちが上陸したのは,ここであった.櫂(かい)の力と潮の流れを利用して,夜のはじまるころ全戦隊は無事ザンクレ(都市名;メッサナの古名)の砂浜についた.
この島の右側にはスキュラ(*)がのさばり,左側は,休むこと知らぬカリュウプディス(*)はそこを通る船をとらえて呑みこみ,それをまた吐きだす.
*スキュラとカリュウプディス
スキュラは,シキリア(シチリア)島のメッシナ海峡にある岩礁,また,これを擬人化した,六つの顔をもち,犬の頭をつらねた帯をした女怪で,タラタエイスという妖精の娘とされる.
スキュラ - Wikipedia Scylla - Wikipedia
カリュウプディスは,スキュラと相対したところにある大渦巻の難所,1日に3回塩を呑吐するという.神話的には,この渦巻きを擬人化した女怪で,海神ネムトゥヌス(ネプチューン/ポセイドーン)と大地ガエア(ガイア)との子とされる.
そして,この場面から話が一転し,「島の右側にあるスキュラ」が主題になっていきます.
スキュラは,若い女の顔をしているが,腰には獰猛な犬の帯をしめていた.もし詩人たちがのこしてくれた物語にいつわりがないとすれば,スキュラは,かつてはほんとうにひとりの乙女であったのだ.
多くの求婚者たちが言い寄ったが,かの女は,それをことごとくはねつけて,日ごろ自分をかわいがってくれる海の妖精たちのところへ逃げていき,若者たちの愛をはねつけた話をした.
スキュラが逃げていった先の「海の妖精たち」ネーレイデス.
その一人として,ガラテア(ガラテイア)が登場します.
GALATEA (Galateia) - Nereid Nymph of Greek Mythology
ある日のこと,ガラテアという妖精は,かの女(スキュラ)に髪を櫛けずってもらいながら,深いため息まじりにつぎのように語った.
「スキュラ,あなたに言い寄ったのが乱暴な人たちでなかったから,そんなふうにはねつけても,なにも怖ろしいことがなかったのよ.
だけど,私は,海神ネレウスを父とし,水色のからだをしたドリスからうまれ,おまけに大勢の姉妹たちにとりまかれていながら,悲しい思いをしないではあのキュクロプスの愛を逃れることはできなかったわ」
そういって,涙に声をつまらせた.
スキュラは,大理石のように白い拇指(おやゆび)でその涙をふいてやりながら,妖精をなぐさめて言った.
「さあ,いとしい方,なにがそんなに悲しいのか,つつみかくさずに話してください.けっしてあなたを裏切ったりしませんから」
そこで,ネレウスの娘は,タラクエイス(スキュラの母)の娘につぎのように話して聞かせた.
前章はここで終わり,次章「アーキスとガレテイアの恋物語」は,ガラテアがスキュラに語る身の上話の形ですすめられることになります.