ギリシャ神話に数多く登場するニンフ(ニムフ,ニュンペー).
山,水,森,木,場所,地方,都市,国などに固有な神的力を擬人化した精で,若い乙女の形をとって現れます.
名が通ったニンフを取り上げていくシリーズ:
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/11/19/224809 〜 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/11/21/234542
前回はガラテイア.
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/12/16/235000 〜 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/12/19/235000
今日からは,
葦になったシュリンクス.
パンパイプの別名として,現在でもその名をとどめているニンフです.
シュリンクスは,ラドン川のナイアド(Naiad,ギリシャ語ではナーイアス ⇒*)-ニンフ(ニュンペー).好色な神パーン(英語パンPan)に追いかけられ,逃れるために川葦(ギリシャ語でシュリンクス)に変身しました.
パーンはその川葦から彼の有名なパンパイプ(別名シュリンクス ⇒**)をつくりました,
SYRINX was a Naiad-nymph of the river Ladon in Arkadia (southern Greece) who was pursued by the lustful god Pan. To escape him she transformed into a river-reed (Greek syrinx) from which the god crafted his famed pan-pipes (syrinx).SYRINX - River-Reed Naiad Nymph of Greek Mythology
⇒*
nai・ad
【1】⦅時に N-⦆〘ギリシア神話〙ナイアス:川や泉に住む美しい少女の姿をした水の精.
【2】(トンボ・カゲロウなどの)若虫,⦅俗に⦆ヤゴ.
【3】若い女子水泳選手.
【4】イバラモ(トリゲモを含む):Najas 属の水草の総称;葉は細長く,単生花をつける.
【5】〘昆虫〙水生昆虫の若虫(nymph).
【6】〘貝類〙淡水産の二枚貝(mussel).
ナーイアス
ナーイアス(古希: Ναιάς, Nāïas)は,ギリシア神話に登場する妖精種族で,泉や川のニュンペーである.ギリシア語のνάειν, naein (流れ)またはνἃμα, nama (流水)に由来する.英語,フランス語などではナイアド(英: Naiad、仏: Naïad).英語ではネイアドとも発音する。ドイツ語などではナヤーデ(Najade).
複数形はナーイアデス(古希: Ναιάδες, Nāïades).英語ではナイアズ(Naiades).
日本語では長母音を省略してナイアス,ナイアデスとも表記される.海のニュムペーであるネーレーイス(ネレイド)とは別.
⇒**
pan・pipe
⦅時に P-⦆パンの笛,パンパイプ:長短の管を長さの順に並べて作った原始的な吹奏楽器;牧神 Pan に由来するとされた;syrinx, mouth organ ともいう.
(また pán·pìpes)
モーツァルト「魔笛」の笛はこのパンパイプとのこと(田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院)
このシュリンクスとパーンの物語は,オウィディウス/転身物語/変身物語(Metamorphoses、メタモルポーセース)に記載があります.
ゼウス(ユピテル)の命により,牝牛に変えられたイーオー(イオ)を盗みにやって来たヘルメース(ラテン語読み メルクリウスMercurius/英語読み マーキュリーMercury).
番をしているアルゴス(アルグス)に,このシュリンクスとパーンの物語を語って聞かせます.
葦になった妖精シュリンクス 抜粋
〈田中秀央・前田敬作訳 / オウィディウス 転身物語 / 人文書院〉 より
そこで,メルクリウスは,つぎのように語った.
「アルカディアの冷たい山々に住むノナクリスのハマデュリアス(ノナクリスに住む妖精,ハマデュリアスはもとは樹木の精の意)たちの中に,ひときわ衆目を引くひとりのナイス(ナイアス/ナーイアス 川や泉の精)がおりました.妖精たちは,この乙女のことをシュリンクスと呼んでおりました.かの女は,自分のあとをつけまわすサキュルスたちや,小暗い森や豊穣な田野に棲む神々を,一度ならず拒んだことがありました.
かの女は,仕事の上からだけでなく,処女性という点からも,オリキュギアの女神(デロス島の女神;ディアナ/アルテミスのこと)を崇拝していたのでした.ディアナにならってかの女も帯をしめていましたから,かの女のもつ弓が角製でなく,ディアナの弓も黄金の弓でなかったとしたら,人びとは,かの女をてっきりラトナ(レートー/レト アルテミスとアポローンの母)の娘とおもいこんだことでしょう.
それでも,かの女は,よく間違われました.
ある日,かの女がリュカウスの山(アルカディアの山)から帰ってくる途中,頭に松の葉冠をいただいたパンがそれを見つけて,こう話しかけてきました----」
メルクリウスは,まだこの先をはなすつもりであった.
すなわち,シュリンクスは,パンの口説きに耳もかさず,道なき原野を突っ走り,砂の多いラドン(アルカディアの河)のしずかな流れのほとりまで逃げてきたが,水のために逃げ道をさえぎられたので,水のなかにいる姉妹たちにむかって,どうか自分の姿を変えてくれるようにとたのんだ.
それで,パンがシュリンクスをとらえたとおもったとき,それはもはや乙女のからだではなく,ただ数本の沼地にはえる葦を抱きしめていただけであった.
おもわずかれの口から嘆息がもれたとき,葦の茎のなかで振動した空気が嘆きの声に似たかすかな音を発した.
牧神は,このふしぎな現象と妙なる音色に恍惚となって,「おまえとのこのつながりをいつまでも持ちつづけるようにしよう!」とさけんで,さまざまな長さの葦をあつめ,それをたがいに蠟でかたえあわせて,せめてそれに乙女の名前をとどめたのであった.
メルクリウスがこのような物語を語りつづけようとしたとき,アルグスの眼が眠りにおちいっているのに気がついた.