家庭料理の原点に戻れ 土井善晴
そこが聞きたい 食品ロスをどう減らす
毎日新聞 オピニオン 2020年(令和2年)1月21日(火曜日)
食べられるのに捨てられる食品ロス(⇒*)はどうすれば減らせるか—.
昨年施行された食品ロス削減推進法を受け,関係省庁と有識者の会議が政府の基本方針を検討中だ.
家庭では野菜の皮や芯を大きく切り落とす「過剰除去」も課題とされる.
家庭料理のコツを,委員の一人で料理研究家の土井善晴さん(62)に聞いた.
【聞き手・岡礼子,写真・根岸基弘】
—食品ロスの削減策を考えるようになったきっかけは何ですか.
日本には「もったいない」という言葉があります.自然に対する人間のつつましさを表します.非常にユニークで,ほかの国にはないそうです.世界共通語にしようという運動も起きました.
それなのに,食べられるものを捨てている国内の現実がある,このギャップが何故起きるのか.
第二次世界大戦後,生活スタイル,特に家庭料理が変わってきたことに理由があるのではないかと考えました.
—戦後というと,食材が多様化したことが大きな変化でしょうか.
日常に「ごちそう」を求めるようになってきたのです.
私たちはかつて,「ハレ」と「ケ」という世界観で暮らしてきました.「ハレ」は祭事などの非日常,「ケ」は日常です.
大阪の船場や境の旦那衆は「ケチ」で有名な一方で,唄や踊り,お茶という遊びの場面では贅(ぜい)を尽くす.ケはつつましく,ハレとは区別してバランスをとった.普段からぜいたくをして,ええもんばかり食べるのはかっこ悪いことだったんです.
こういった感覚が,敗戦後に日本の食文化が否定されて,崩れてしまったように思います.
「今晩何を作ろうか」という時,まずメインディッシュを何にするか考えるでしょう.それは西洋式です.
和食では,主菜をたんぱく質と考えれば,みそにも切り干し大根にも含まれるし,肉じゃがなら主菜と副菜を兼ねます.
ごちそうに憧れるのは人情ですが,多くの人が「料理」とは手の込んだもので,毎日,(料亭などの)料理屋で出すためにプロが作るような献立にしなければいけないと思い込んでしまっていると感じる.
手間をかけるのはハレの日だけでいい.普段しないことをするのがハレで,それは日常ではないのです.
—常に「手間をかける」を目指すようになってしまったと.
食べたいものでおなかをいっぱいにして,毎日楽しむ.現代の「ハレ」はそんなイメージですね.
でも,魚をすしや刺身で食べれば,骨や内臓,頭は残る.
ごちそうは,きれいに整えた食材や,澄んだ色の汁など,豊かで品が良い世界です.だし文化はその象徴で魅力的ですが,捨てる部分が多いのです.
サトイモも白くきれいに仕上げるには,六方に(六角形になるように皮を厚く)むく,米のとぎ汁で下ゆでします.これは高級会席料理の作り方です.栄養価もイモのぬめりも消える.だしを含ませ,イモではなくだしの味で食べさせるので「だしが利いておいしい」となる.
これが現代の私たちが求めるようになった日常です.
肉も,ひれ肉やロース肉として売るためには切れ端が出る.「細切れ肉」として安価に売られていますが,食材によっては廃棄されるでしょう.手間をかけて栄養を捨て,ゴミを出す.
しかも,「料理は面倒だから」と自分で作らなくなる.
いいことは何もありません.
日常にハレを求める生活が,食品ロス,ごみ生産社会を生むのです.
家庭料理では本来,食べられるものは捨てません.皮もむかない.根菜類だって,皮をこそげるだけで湯に入れ,砂糖としょうゆで煮詰めたものが煮っころがしです.栄養価もうまみもある.
—和食は本来,だしを大切にしているのではないですか.
だしは,ほとんどとらなくていいと思いますよ.
野菜や油揚げからもうまみが出ます.和食の原点は家庭料理で,料理屋の料理ではありません.
無形文化遺産(⇒**)になったのも,健康に結びついた食生活が暮らしの中にあるからで,それは家庭料理のことなんです.
日本人が昔から作って食べてきた家庭料理の基本は一汁一菜で,みそ汁と飯,香の物です.懐石料理も一汁一菜から始まっているんですよ.炊き合わせや焼き物を足して,できあがったものです.
一汁一菜はご飯が炊けて,みそ汁ができるならば,小学生でも毎日作れる.
これを基本のスタイルにすれば,持続可能な家庭料理が実現します.なにも難しいことはありません.しかも,一人一人が自分の力で実践できることなんです.
私自身,仕事上の必要がなければ,日常の食事は一汁一菜です.時々魚を焼いてつけるぐらい.時間もかかりません.
—一汁一菜のうち特にみそ汁で食品ロスを減らせると提言しています.
みそ汁は削減の立役者です.具材は何を入れてもいいんです.残ったソーセージでも,冷蔵庫の野菜室に残った大根の端切れでも味わえます.みそはたんぱく質です.野菜やキノコで具だくさんにすれば,必要な栄養を取れます.濃い,薄いが少しあってもいい.熱くても冷たくても,良い具合になります.
家庭料理は,その土地で採れた季節の食材を使い,ぱっと作ってすぐ食べる.作りたてが一番です.
「今日はこれを入れよう」と自分で考えることが大切で,(もう一度同じように作れる)再現性はなくていい.気温も,食べる人の気持ちも,いつも同じではありません.みんながその時々で融通を利かせ,自分で作ることで,食べられるのに捨てられるごみが減り,食品ロスの解決につながります.
聞いて一言
毎日,自分でみそ汁を作って食べる人はどれくらいいるだろうか.
土井さんの著書「一汁一菜でよいという提案」(グラフィック社)には,ベーコンや枝豆を具材にしたみそ汁が登場する.
食品ロスの問題は広く知られているが,実際には行動に移せないことが課題を言われている.日常の中で取り組み続けるためには,手軽に,かつ楽しめることが欠かせない.もっと融通無碍(ゆうずうむげ)な食べ方があってもいい.
食材を買う前に,冷蔵庫の底に沈んだままの材料がないか,まずは確認してみたい.
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食品ロス
飲食店や家庭での食べ残しや小売店での売れ残りなど,まだ食べられるにもかかわらず,食品が破棄されていること.
環境省によると,2015年度の国内の食品ロスは事業所357万トン,家庭289万トンと推計.国連世界食糧計画(WFP)が途上国などへ送る食糧援助量の約2倍に相当する.
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和食の無形文化遺産登録
2013年12月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)に登録した.
新鮮で多様な食材を使い,栄養バランスに優れていることに加え,自然の美しさや季節のうつろいを表現している点や,年中行事に深くかかわり家族や地域の絆を強める文化的な側面も評価された.
食に関する文化遺産は,フランスの美食術▽地中海料理▽メキシコの伝統料理▽ケシケキ(麦がゆ)の伝統(トルコ)などがある.