エコー2 美少年ナルキッススとエコ(1): 「もし,おのれの姿を知らねば,長生きするであろう」と予言されたナルキッスス.十六の春,山彦の妖精エコが,彼の姿を眼にとめた.エコはたちまち恋心にとらえられ,ひそかにあとをつけていった.いくどかやさしい言葉をかけてかれに近づき,甘美な願いをうちあけようとしたが,彼女の性質がそれをこばんだ.かの女は,自分から話しかけることはできない.許されているのは,相手に答えることだけ.

echo/ēchṓ(山びこなどを含めた”反響”)を擬人化した山のニンフ(ニムフ,ニュンペー,ニュムペ)

エコー(エコ,エーコー).

 

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Echo (mythology) - Wikipedia

 

牧神パーンとの逸話も残されていますが,

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/11/19/224809

 

メタモルフォセス(オウィディウス)にある「美少年ナルキッススとエコ」では,ナルキッスス(ナルキッソス)に恋するニンフとして語られています.

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エーコー - Wikipedia

 

以下,田中英央・前田敬作訳/オウィディウス・転身物語(人文書院)から,一部抜粋を交えて,あらすじをなぞってみたいと思います.

 

なお,

転身物語は,一話一話の独立した物語が,巧みにつながるように配置されています.前後はティレアスの物語ではさまれた「美少年ナルキッススとエコ」は,ティレシアスの予言が正確であることを証拠立てる挿話の位置づけです.

 

ちなみに,ティレシアスはユーピテル(ゼウス)とユノ(ヘーラー)の争いの審判官となった博学の徒.

ユーピテルに賛成したため,ユノ(ヘーラー)によって盲目にされてしまいます.ユーピテル(ゼウス)は,奪われた光の代償として未来を知る能力を与え,苦しみを和らげたのでした.

しかし,この争いは,本当にたわいのないもの.

ユーピテル曰く「たしかに,おまえたち女の方が男よりあの快感がおおきいようだ」

両性の快楽を知るものとして審判官に選ばれたのがティレシアス.彼は交尾している大蛇を棒で打ったところ女性に変身し,7年後また同じように交尾した大蛇を打つと男の姿に戻ったのでした.

 

 

美少年ナルキッススとエコ(1)

妖精の中でもとりわけ美人であった水の妖精(ニュムペ),リリオベは,ケビススの河神に手込めにされ,やがて,ひとりの男児をうみます.ナルキッススと名づけられ,ニンフたちに愛されて育ちます.

この子は天寿を全うすることが出来るかどうかをリリオベに尋ねられたティレシアス.

答えは,

「もし,おのれの姿を知らねば,長生きするであろう」.

この言葉が,彼の予言が真実で確実なことを,最初に証拠立てることになりました.すなわち

 

ナルキッススは,十六の春をむかえたが,まだ子供のようでもあり,すでにりっぱな若者のようにも見えた.多くの若者や多くの乙女たちからも愛を寄せられたが,その美しい容姿の中にはひややかな高慢がやどっていて,どんな若者や乙女にもこころをうごかされなかった.

ある日のこと,かれが臆病な鹿どもをうまく網の中に追いこんでいったとき,ひとりのおしゃべりな妖精—他人から話しかけられたとき,だまっていることもできないが,さりとて自分からさきに話しかけることもできない,あの山彦の妖精エコが,彼の姿を眼にとめた.(田中英央・前田敬作訳/オウィディウス・転身物語)

 

この頃のエコはまだ肉体を持っていましたが,ユノ(ヘーラー)によって,他人のいった話の最後のひびきをくりかえし,相手の言葉を反復することしかできなくさせられていました.

ユノ(ヘーラー)が,山の妖精たちといちゃつくユピテル(ゼウス)の現場をおさえてやろうとおもうと,きまってエコがわざわざ長話をして彼女を引きとめ,妖精たちに何回も逃げられてしまいました.

「わたしをあざむいたその舌がもうあまり勝手なことをできないようにしてやる.ごく短い言葉にしか口を使えないようにしてやる!」

 

さて,エコは,ナルキッススが人里はなれた森の中を歩いているのを見ると,たちまち恋心にとらえられ,ひそかにあとをつけていった.

近づけば近づくほど,胸を焦がす焔は熱くなった.ちょうど炬火(きょか たいまつのこと)の先につけた硫黄が,焔に近づけると燃えだすのをおなじであった.ああ,いくどかやさしい言葉をかけてかれに近づき,甘美な願いをうちあけようとしたが,彼女の性質がそれをこばんだ.かの女は,自分から話しかけることはできない.許されているのは,相手に答えることだけだ.かの女は,ひたすら相手の言葉を待ちかまえた.

このとき,少年は,親しい狩仲間からはぐれてしまったので,大きな声で,「おおい!だれかいるかい!」とさけんだ.すると,エコは,「いるよう!」と答えた.少年はびっくりしてあたりを見まわして,「こっちへ来いよう!」と叫んだ.エコも,呼んだ相手におなじ呼び声で答えた.かれはふりかえったが,だれも見えないので,「なぜ逃げるんだ」.しかし,やっぱりそれとおなじ言葉が聞こえてくるばかりであった.

「こっちへ来て,一緒になろうよ!」とかれはいった.エコにとって,これほど答えるのがうれしい言葉はなかった.「一緒になろうよ!」と答えると,自分の言葉に力づけられて,木かげから姿をあらわし,いとしい若者の首に腕を巻きつけようとした.ナルキッススは,おどろいて逃げ出した.

そして走りながら,「手をのけてくれ.抱きついたらいやだ.死んだ方がましだよ,きみの思いどおりになるくらいなら!」

エコは,「思いどおりになる-----」としか,答えられなかった.

(田中英央・前田敬作訳/オウィディウス・転身物語)

 

続く