ムーサイ / ミューズ 2 女神ムーサイは詩人のインスピレーションの源でもありました.ホメーロスと並び称される叙事詩人ヘーシオドスは,神統記序詞で「ムーサたちがわたしの身のうちに 神の声を吹き込まれた」と記します.この記述は,ギュスターブ・モローの心を強く捉え,1857年の素描に始まる何枚もの作品を描かせ,やがてヘシオドスという一詩人のエピソードを超えて、インスピレーションの寓意へと展開しました.ムーサは古代ギリシャ神話世界の豊かさを象徴する女神たちです.

ムーサイ Mousai / ミューズ 2

(単数形ムーサMousa/英語ミューズMuse)

 

音楽,歌,ダンスの女神ムーサイ(ミューズ).

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詩人のインスピレーションの源でもありました.

 

ホメーロスホメロス)と並び称される叙事詩人ヘーシオドス(ヘシオドス).

代表作神統記Theogonia(前700年頃の作品)は9人のムーサイの名前を記載しており,この女神たちを知るための重要な資料ともなっています.

その神統記序詞で,ヘーシオドスは次のように書き記しています.

 

彼女たちなのだ (このわたし)ヘシオドス

以前聖い(きよい)ヘリコン山の麓で 羊らの世話をしていた このわたしに 麗しい歌を教えたもうたのは.

まずはじめに このわたしに語りたもうたのだ つぎの言葉を

神楯(アイギス)もつゼウスの娘 オリュンポスの詩歌女神(ムウサ)たちは.

-----

そしてこのわたしに 育ちのよい月桂樹の若枝を手折り

それをみごとは杖として授けられ 

わたしの身のうちに 神の声を吹き込まれたのだ 

(ヘシオドス 神統記 廣田洋一訳 岩波書店

 

「神統記はムーサイがインスピレーションを授けた叙事詩」,

ヘーシオドスのこの記述は,19世紀フランスの象徴主義の画家,ギュスターブ・モローの心を強く捉え,1857年の素描に始まる何枚もの作品を描かせました.

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ヘシオドス変 奏―ギュスターヴ・モローの作品に見るインスピレーションの寓意―喜多崎 親

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喜多崎親氏によれば,

「それらの作品で、モローはほぼ一貫してヘシオドスがムーサによってインスピレーションを授かる場面を描いたが、この場面は、ポーズや両者の位置関係などでさまざまなヴァリエーションを生み、やがてヘシオドスという一詩人のエピソードを超えて、インスピレーションの寓意へと展開した」とのこと.

 

ムーサは古代ギリシャ神話世界の豊かさを象徴する女神たちです.

 

 

以下,神統記序詞冒頭の部分を,改めて引用させてもらいます.

 

ヘーシオドス 神統記  廣田洋一訳 岩波書店 

序詞

ヘリコン山の詩歌女神(ムウサ)たちの讃歌(ほめうた)からうたいはじめよう

彼女たちは ヘリコンの高く聖(きよ)い山に住み

足どりもやさしく舞い踊るのは 菫色した泉のほとり

クロノスの力強い御子(みこ)(ゼウス)の祭壇の辺(へ).

さてたおやかな身を ペルメソスや

馬の泉(ヒツプウクレネ) 清らかなオルメイオスで洗い浄めると

ヘリコン山の頂で 舞い踊るのだ

晴れやかな愛らしい踊りを 力を籠(こ)めた足どりで.

ここを出で立ち 深い霧につつまれて

夜の道を進みながら 艶(あで)やかな声をあげて

彼女たちが賛(たた)えまつるのは 神楯(アイギス)をもつゼウス

黄金(こがね)の沓(くつ)はくアルゴスの女神 畏(かしこ)いヘラ

神楯(アイギス)もつゼウスの娘 輝く眼のアテナ

ポイボス・アポロン 弓矢を悦ぶアルテミス

大地を支え大地を震わすポセイドン

また畏(かしこ)いテミス 眴(めくばせ)巧みなディオネ

レト イアペトス 悪知恵長(た)けたクロノス

曙(エオス) 大いなる太陽(ヘリオス) 輝く月(セレネ)

また大地(ガイア) 大いなる大洋(オケアノス) 暗い夜(ニュクス)

そのほかの常磐(とこわ)にいます神々の聖い族(やから).

彼女たちなのだ (このわたし)ヘシオドス

以前聖いヘリコン山の麓で 羊らの世話をしていた このわたしに 麗しい歌を教えたもうたのは.

まずはじめに このわたしに語りたもうたのだ つぎの言葉を

神楯(アイギス)もつゼウスの娘 オリュンポスの詩歌女神(ムウサ)たちは.

「野山に暮らす羊飼いたちよ 卑しく哀れなものたちよ 喰らいの腹しか持たぬ者らよ

私たちは たくさんの真実に似た虚偽(いつわり)をはなすことができます

けれども 私たちは その気になれば 真実を宣(の)べることもできるのです」

こう言われるたのだ 大いなるゼウスの娘 言葉に長けたものたちは.

そしてこのわたしに 育ちのよい月桂樹の若枝を手折り

それをみごとな杖として授けられ わたしの身のうちに

神の声を吹き込まれたのだ これから生ずることがらと

昔起こったことがらを賛め歌わせるように.

ただし(賛歌の)初めと終りでは いつも彼女たちを賛(たた)え歌うようにと.

もっとも槲樹(かしわ)や岩根にかかわるこうしたことは これくらいにしておこう.

 

さあ 詩歌女神(ムーサ)たちのことから始めよう 

彼女たちは オリュンポスに住みたもう

父神ゼウスの大御心(おおみごころ)を悦ばせるのだ

今在ること この先起こること すでに生じたことがらを

声をあわせて讃え歌うて.麗しき歌声が疲れも知らず

詩歌女神(ムーサ)たちの口から流れ 彼女たちの百合花(ゆり)にも似た歌声が広がりゆくとき----

(中略)

 

彼女(ムーサ)たちを ピエリアで 父神ゼウスに添寝して 生みたもうたのは

エレウテルの丘陵(おか)を治めるムネモシュネ

彼女たちを 厄災を忘れさせ悲しみを鎮めるものとして生みたもうたのだ.

----(中略)

 

大いなるゼウスの儲けた 九人の娘たちは.

クレイオ エウテルペ タレイア メルポメネ

テルプシコラ エラト ポリュムニア ウラニアに

カリオペで この方(カリオペ)はみんなのなかで第一等の位にある

というのも彼女は畏い(かしこい)貴族(パシレウス)の世話をなさるのだから

-----(後略)

 

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