ご近所の和菓子店でどら焼きを購入.重曹の味が少し残っていましたが,それはそれ.美味しかったです
どら焼きは大好きな和菓子の一つです.ネット上の好きな和菓子ランキングでも,大福(いちご大福を含む),団子(みたらし団子+餡の団子)に次ぐ人気和菓子で,
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2024/03/27/235653
和菓子を置いてあるお店ならほぼ必ずあるような気がします.
セブンイレブンを含め.
東京では,
長らく住んでいた鎌倉には,「鎌倉どらやき」があります.あまり知られていない?
https://www.google.com/search? 鎌倉 どら焼き
鎌倉では,「大くに」という和菓子店のバターどら焼きが大好きでした.私のイチオシです.
“時代の流れに合わせて和に洋を重ねる和菓子。大くに4代目の山内さんが「美味しいですよ」と勧めてくれたのが「バターどら焼き」です。 しっとりとした食感に、甘い皮に甘さ控えめの粒あん、そして濃厚なバターの塩気が合う” との評も.
https://oriori-web.jp/article/2204/
どら焼きの歴史・由来に関しては,ネット上にも多くの解説がありますが---
以下,ニッポニカ,https://kotobank.jp/word/どら焼き 並びに「事典和菓子の世界(中山圭子著 岩波書店)」をよりどころに,まとめてみます.
どら焼きの形状の変遷
現在のどら焼きは,卵や砂糖などを加えた小麦粉生地を丸く焼き,その二枚で餡を挟んだもの.
しかし,江戸時代の随筆「嬉遊笑覧 きょうゆうしょうらん」では,「どら焼きは,また金鍔ともいい」とあり,当時,どら焼きと金鍔(きんつば:水でこねたうどん粉を薄くのばして餡を包み、刀の鍔に似せて平たくし、油をひいた鉄板の上で焼いたもの。日本国語大辞典)は,同じものをさしていて,どちらも卵を使わない小麦粉生地だったようです.
榮太郎金鍔 https://www.eitaro.com/kintsuba
ニッポニカの解説にも,
名前の由来
どら焼きの「どら」は,打楽器の「銅鑼」.
本来は法会ほうえに用いるものであったが、歌舞伎の囃子はやしや茶席、現在では船の出帆の際の合図など広く用いられる(精選版日本国語大辞典)
https://www.facebook.com/100057324104751/posts/5208070195923743/
ニッポニカには「形が銅鑼に似ているのでこの名がある」とあり,名前の由来は「形が銅鑼に似ているから」で決まりと思っていましたが---
「形」以外にもう一つの説があって,「銅鑼の上で焼いたから」.
実際,京都笹屋伊織のサイトでは,
https://www.sasayaiori.com/dorayaki/
「江戸時代末期、五代目当主・笹屋伊兵衛が、京都・東寺のお坊さんから『副食となる菓子を作ってほしい』と依頼を受け 鉄板の代わりに、お寺の銅鑼(どら)の上で焼いたことから「どら焼」と名付けられました。」とし,
売られているどら焼きは,他のものとかなり異なる筒状!
(月に3日間だけの限定販売!)
https://www.sasayaiori.com/dorayaki/
どら焼きには,もう一つ別名があります.
「三笠山」で,京都の三笠山の稜線の連想から命名されたようです(「三笠山にかかる満月」との説もあり:天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山にいでし月かも から).
文明堂総本店・文明堂東京はこの名前でどら焼きを販売していることはよく知られていますね.
文明堂総本店の紹介文:全国的に「どらやき」という呼称が主流ですが、文明堂総本店では発売当初から三笠山(登録商標)と名付け販売を続けてまいりました。
長崎の長い歴史の中で親しまれてきた和菓子、「三笠山」を是非ご賞味ください。
https://www.castella.website/category/mikasayama/
https://www.bunmeido.co.jp/item/123