毒とおしろい文化 / 亜砒酸とチェーザレ・ボルジア / 鉱物由来の毒 江戸時代には鉛白が白さを演出するファンデーションとして広く利用されていました.毒性があり,健康に悪影響を与えていた可能性があります.亜砒酸は,粉末状で水に溶けやすく,しかも無味無臭であるため,多くの人々に悪用されるようになってしまいました.中でも,ヴァレンティーノ公チェーザレ・ボルジアは,ボルジア家の毒薬「カンタレッラ」を使い,数多くの政敵を排除したといわれています.水銀,カドミウムの毒性も広く知られています.

先日出かけた国立博物館特別展「毒」.独自に調べたことをつけ加えながら,内容を少しずつ紹介しています.主催者も「シェアしよう」とすすめていることもあり.https://yachikusakusaki.hatenablog.com/archive/category/毒%2F毒展

(大阪展が明日始まります.実際にご覧になることをお薦めします.実物の力は偉大です)

 

今日は「毒とおしろい文化 / 亜砒酸チェーザレ・ボルジア / 鉱物由来の毒」

展示の順序通り紹介するとすれば「鉱物由来の毒」(「毒の博物館」より)ですが,「毒と人間」にあった「毒と白粉文化」「中世から近世の毒」の内容と関連しておるため,一緒に紹介することにしました.

 

毒とおしろい文化

江戸時代には「肌の白さ」は美しさの重要な要素とされており.「鉛白:炭酸水酸化鉛(Ⅱ)/塩基性炭酸鉛2PbCO3•Pb(OH)2」でできた白粉(おしろい)が白さを演出するファンデーションとして広く利用されていました.

また,伊勢白粉(いせおしろい)という,水銀を主成分として白粉も使われることがありました.鉛も水銀も毒性があり,健康に悪影響を与えていた可能性があります.

 

(具体的な症状としては,貧血や頭痛,感覚の消失,痙攣,脳機能障害などがあげられる. 特別展毒図説)

(胎児も汚染されてしまう可能性があり,江戸時代,貴族や大名の子供が死産や夭逝してしまう事例が多いのは,これも要因であった可能性が指摘されている. 特別展毒図説)

渓斎英泉(けいさいえいせん)作「美艶仙女香 式部刷毛」(びえんせんじょこう しきぶはけ)

この浮世絵は,女性が刷毛を使って顔に白粉化粧をする様子を描いています.

 

亜砒酸チェーザレ・ボルジア(特別展毒図説より)

8世紀アラビアの錬金術師ジャビール・イブン・ハイヤーンが天然の砒素から亜砒酸(三酸化二砒素)の開発に成功しました.

亜砒酸は,粉末状で水に溶けやすく,しかも無味無臭であるため,食べ物や飲み物に入れても違和感がありません.さらに症状が出てくる時間も調整することができます.そのため,亜砒酸は多くの人々に悪用されるようになってしまいました,

中でも,ヴァレンティーノ公チェーザレ・ボルジア(1475〜1507)は,ボルジア家の毒薬「カンタレッラ」を使い,数多くの政敵を排除したといわれています.

チェーザレ・ボルジア アルベルト・メローネ作)

チェーザレ・ボルジアは,父である教皇アレキサンデル6世を後ろ盾として,当時都市国家が乱立していたイタリアの統一を志した野心家であり,マキャベリ(1469〜1527)は『君主論』の中で,理想的な君主を体現する人物,として高く評価している.

彼が使ったとされる「カンタレッラ」の成分が何かは伝わっていないが,被害者の症状や記載されていた特徴から,亜砒酸が主成分であると考えられている.

亜砒酸は細胞毒であり,体内に取り込まれると,生物の細胞内に存在する硫黄を含むタンパク質や酵素と結びつくことでそれらの働きを阻害し,呼吸やタンパク質合成ができなくなってしまう.

症状としては,吐き気,下痢,嘔吐,意識障害不整脈,さらには多臓器不全をおこして死に至る.服用後すぐ症状が現れる場合が多いが,少量を長期間にわたり服用することで,慢性中毒の症状が現れる場合もある.

 

 

鉱物に由来する毒

鉱物の多くは珪酸(けいさん)塩鉱物ですが,非鉄金属は主にマグマや熱水活動に伴う硫化鉱物として産します.

硫化鉱物を焼くと酸化物に,酸化物と炭素を蒸し焼きにすると単体の金属が得られます.

その金属が毒性を持つ場合も,副産物が毒物をもち,周辺環境を汚染する場合もあります.

 

 

砒素(ひそ) As

火山の噴気孔周辺で自然砒や鶏冠石などの硫化物としても産しますが,商業的には硫砒鉄鉱から得ます.

三酸化二砒素は粉末状で,水に溶かすと水和して亜砒酸となります.

無機砒素化合物は毒性が強く,無味無臭なのでかつては暗殺等に用いられました.

一方で,海藻には有機砒素化合物が含まれますが,その毒性は極めて低く,健康被害はありません.

 

水銀 Hg

天然では多くが辰砂(しんしゃ)などの硫化物として産します.

無機水銀の毒性,症状は砒素などと大差なく,消毒薬である昇汞(塩化水銀)は,自殺・他殺にも用いられました.

一方で,有機水銀の1種のメチル水銀は神経系に強く作用する強力な慢性毒です.戦後熊本などで水俣病が発覚して以降,水銀の危険性は周知され,代替物への転換が進められています.

 

鉛 Pb

天然ではほとんどが方鉛鉱として産します.

融点が低く柔軟で加工しやすいため,古くから用いられてきた金属で,古代ローマでは食器や水道管に使われました.

鉛中毒は,鉛を含む金属や顔料を扱う職人などの職業病の側面がありました.

大気中には,有鉛ガソリンを主な由来とする微量の鉛が含まれています.現在は,有鉛ガソリンの使用禁止が進められ,大気中に含まれる鉛は大幅に減少しています.

 

カドミウム Cd

カドミウムの化学的挙動は亜鉛と類似しています.天然では閃亜鉛鉱に数%含まれます.

カドミウム亜鉛と間違って体内に取り込まれますが,はたらかない上に体外に排出されにくく,その慢性中毒症状は,亜鉛欠乏症とも類似します.