梅を求めて海蔵寺へ  鎌倉扇ガ谷の一番奥の寺院となります.花の寺としてもよく知られ,雪がまだ散見される中,ゆったりと落ち着いた時を楽しめました.山門の前の白梅,そして庫裏横,鐘楼前の紅梅は見事でした. 紅梅は亡き娘(こ)の精といつやらに心の中に育みて来(こ)し  赤尾鈴子

昨日の雪模様の天候が一転して今日は一面の青空.“梅を求めて“シリーズの一つとして今日は鎌倉海蔵寺行き.

このブログで一番取り上げているお寺かと思いますが,あらためて,地図を載せておきます.扇ガ谷の一番奥の寺院となります.

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Google マップ

鎌倉時代に創建されたそうですが,焼失し,室町期に再建後,扇谷上杉氏の保護下で栄えたとの記録があるそうです.

現在は小さなお寺ですが,花の寺としてもよく知られ,ゆったりと落ち着いた時を楽しめます.

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鎌倉の古建築めぐり(海蔵寺)

 

海蔵寺歴史

鎌倉市/海蔵寺(かいぞうじ)

もともとは真言宗のお寺でしたが(現在は臨済宗),1253年(建長5年)藤原仲能(ふじわらなかよし)がここに七堂伽藍(しちどうがらん)を再建しました.しかしその時の寺は1333年(元弘3年)の鎌倉幕府の滅亡と共に火事になります.

1394年(応永元年),鎌倉公方足利氏満の命令を受けた上杉氏定が心昭空外(しんしょうくうがい)を招いて再建しました.「永亨記」(えいきょうき)などによると室町時代,扇谷上杉氏の保護の下に栄えた様子が分かリますが,その事蹟はよく分かっていません.寺宝には腹部に薬師の面部を納めた薬師如来坐像などがあります.

 

山門の横にもう一つ入り口がります(通用門?).階段も急ではないのでここを利用しするほうが多いのですが,この門の前の梅は5分咲き程度で見頃.

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境内に足を踏み入れると,昨日の雪の名残の氷や雪を散見.

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庫裏横,そして鐘楼前の紅梅は,見応えがありました.

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紅梅は亡き娘(こ)の精といつやらに心の中に育みて来(こ)し  (甲斐の国うた日記)一九九一  赤尾鈴子