日本人による海洋生物の毒の解明(「毒と人間」/国立科学博物館特別展「毒」より) フグ毒テトロドトキシンは平田正義と津田恭介らによって独立して構造決定され,岸義人らによって人工的に合成されました.アオブダイ等の魚による中毒の原因物質とされるパリトキシンは上村大輔らによって構造決定され,岸義人らによって人工的に合成されました.安本健らは,シガデラ毒・シガトキシンを生産する渦鞭毛藻を発見し,シガデラの起源が明らかになりました.

先日出かけた国立博物館特別展「毒」.

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2023/02/17/235453

独自に勉強したことをつけ加えながら,内容を少しずつ紹介しています.主催者も「シェアしよう」とすすめていることもあり.

(大阪展がもうすぐ始まります.実際にご覧になることをお薦めします.実物の力は偉大です)

 

今日は「日本人による海洋生物の毒の解明」

この展示は,特別展の最後「毒と人間」中の「毒への挑戦〜日本人による解明〜」のコーナーにパネルにまとめられていたものです.順序を変えて,ここで紹介することにしました.

 

天然物化学とフグ毒

フグ毒テトロドトキシンに関する研究は日本の化学者によって発展しました.

1964年の国際天然物化学会議で名古屋大学の平田正義(1915-2000),東京大学の津田恭介(1907-1999),ハーバート大学のロバート・バーンズ・ウッドワード(1917-1949)の3つのグループによって同時に独立して報告されました.

ウッドワードは翌1965年にノーベル化学賞を受賞する著名な化学者であり,この出来事は日本の化学者を大いに刺激しました.

 

テトロドトキシンの分子模型

フグなどに含まれる神経毒.平田正義と津田恭介らによって独立して構造決定され,岸義人らによって人工的に合成されました.

化学式:C11H17N3O8

パリトキシンの分子模型

スナギンチャクに含まれる毒成分.上村大輔らによって構造決定され,岸義人らによって人工的に合成されました.人工的に合成された分子として,最大サイズ.

化学式:C129H223N3O54

 

アオブダイ Scarus ovifrons

スナギンチャクを捕食するため,パリトキシンが蓄積されます.

アオブダイは雑食性でスナギンチャク以外に,藻類も好んで食べるとのこと.https://fishai.jp/372

藻類についているパリトキシン産生性の渦鞭毛藻も食べている可能性があります

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/34/5/34_5_311/_pdf/-char/ja 

アオブダイ等に含まれる毒成分は,パリトキシンによく似た物質であると考えられていますが,化学構造の解明には至っていないとのこと---=魚から見つけることができていないということでしょうか? そのためアオブダイ等による中毒は「パリトキシン様中毒」と呼ばれています.

https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_03.html

 

(日本で中毒原因となる有毒種としては、ブダイ科アオブダイ属のアオブダイのほか,ハコフグハコフグ属のハコフグOstracion immaculatusが知られています。

その他、ブダイ科ブダイ属のブダイ,ハコフグコンゴウフグ属のウミスズメ、ハタ科マハタ属の魚類も中毒原因魚の疑いがあります。

https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_03.html

 

アオブダイ等の魚を食べたためにおきたバリトキシン様中毒は1953年から2020年にかけて、少なくとも46件の中毒の記録があり、患者総数は145名で、そのうち8名が死亡しているとのこと

https://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/poison/animal_det_03.html

 

海洋生物の毒の起源

シガデラは熱帯および亜熱帯地域の魚介類による死亡率の低い食中毒の総称で,海外では毎年5万人もの人が中毒症状を発しています.

東北大学の安本健(1935-)らは,毒性の強いタヒチ産のサザナミハギから,新種の渦鞭毛藻(ウズベンモウソウ)を発見しました.この渦鞭毛藻からシガトキシンが単離されたことで,シガデラ毒の起源が明らかになりました.

サザナミハギ

体のさざ波のような模様が特徴で,食べるとシガデラの恐れがあります.安元健らは,サザナミハギの消化管からシガトキシンを産生する渦鞭毛藻を発見しました.

 

シガトキシンを生産する渦鞭毛藻

安元健らが新種として発見した渦鞭毛藻.シガトキシンを産生します.海藻の表面に付着して生育するため,海藻を餌とする魚や巻貝の毒化を引き起こします.

 

シガトキシンの分子模型

シガデラを引き起こす毒成分.

安元健らによって構造が決定されました.有毒渦鞭毛藻によって生産され,捕食した魚類や貝類に蓄積されます.

有毒渦鞭毛藻から単離されたことで,シガデラの起源が明らかになりました.

 

(渦鞭毛藻類うずべんもうそうるい/渦鞭毛虫類(読み)うずべんもうちゅうるい/双鞭毛藻類.

デジタル大辞泉

2本の鞭毛をもつ単細胞生物.海産のプランクトンの重要な構成種で,しばしば赤潮の原因になる.ツノモ・ウズオビモなど.

ニッポニカ

原生動物の肉質鞭毛虫門植物性鞭毛虫綱の1目Dinoflagellidaに属する単細胞生物の総称.)

 

シガトキシンを産生する渦鞭毛藻の発見の経緯については,次のインタビュー記事を是非お読み下さい.

https://brh.co.jp/s_library/interview/86/

 

(渦鞭毛藻の毒成分としては,魚の大量死を引き起こすプレベトキシンB(中西香爾ら),パリトキシン(安元健ら,構造決定は上村大輔ら)が知られています.特別展「毒」図録

https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/34/5/34_5_311/_pdf/-char/ja

 

(フグ毒テトロドトキシンを生産しているのは細菌類で,食物連鎖を経てフグに蓄積すると考えられていますが,安元健氏を含む日本人が中心になって研究がすすめられてきました.

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2023/03/03/235500

https://www.jstage.jst.go.jp/article/shokueishi1960/30/4/30_4_281/_pdf

https://brh.co.jp/s_library/interview/86/

Yasumoto, T., Yasumura, D., Yotsu, M., Michishita, T., Endo, A., Kotaki, Y.: Agric. Biol. Chem. 50, 793-795 1986.