合歓(ねむ)を詠った短歌1 紀郎女と大伴家持の相聞歌がよく知られています.「昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木の花君のみ見めや戯奴(わけ)さへに見よ 紀女郎」ねぶの花と茅花を摘み,歌を添えて大伴家持に贈った歌.ネムノキは小葉が夜合わさって閉じることから,中国では合歓木と言われています.この性状を知った上での歌のやりとりです.歌の意は「此(この)合歓の花は、晝(ひる)は咲いて、夜は焦れて寝る花です。あなた許りが焦れて寝なさる訣(わけ?)ではありません。わたしまでも、矢張焦れてゐます」

合歓(ねむ)を詠んだ芭蕉の句が余りにも有名ですが---

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/06/29/000708

 

合歓は,万葉集にも取り上げられている花で,

万葉集では「ねぶ」と呼ばれます)

紀郎女(きのいらつめ)と大伴家持の相聞歌がよく知られています.

 

紀郎女の歌を引用した山田卓三先生の解説は次の通りです.

 

 

山田卓三 万葉植物つれづれ 大悠社

 

昼は咲き夜は恋ひ寝る合歓木(ねぶ)の花君のみ見めや戯奴(わけ***)さへに見よ  紀女郎  万葉集巻8 1461

 

ねぶの花と茅花(つばな/ちばな *)を摘み,それぞれの歌を添えて大伴家持に贈った歌の一つです.

ネムノキは対生する小葉が夜ぴったり合わさって閉じることから,中国では合歓(男女が共寝すること **)木と言われています.このネムノキの性状を知った上での歌のやりとりです.

返歌に「合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも」とありますが,花の形はマメとは違うものの,マメ科特有の豆果(とうか)をつけます.

ネムの花は糸状で紅色のおしべが放射線状に突き出し,全体が傘状になって開きます.

花は葉が閉じるころ咲き,翌日,朝日が昇るころには閉花します.

ネムノキの和名は「眠りの木」の意で,葉が夜とじること,および,芽吹きが遅いことに由来しています.

 

茅花(つばな/ちばな)は,チガヤの花穂のこと.私はキチンと眺めた記憶がありません.残念ながら.

画像を見ると,美しいと言える花穂.春の茅を摘む習慣も,なるほどと理解でき,また,現代に至るまで俳句や短歌に詠み続けられている花です.

茅花(つばな) 仲春 – 季語と歳時記

 

**

「合歓」が「男女が共寝すること」とは,いきな命名ですね.

ただし,日本国語大辞典では1番目の意味は「共に喜ぶ」としています.

ごう‐かんガフクヮン【合歓】

①(━する) よろこびを共にすること。いっしょに喜ぶこと。

正倉院文書−天平勝宝八年(756)〔礼記−楽記〕

②(━する) とくに、男女がよろこびを共にすること。

本朝文粋(1060頃)

③「ごうかんぼく(合歓木)」の略。

文華秀麗集(818)

 

*** わけ【戯奴】は,日本国語大辞典では

①自称。自己を卑下して用いる。

②対称。目下の相手に対して、ののしって呼びかける表現をとりながら、親しみの情を含ませて用いる。

とあり.紀郎女が年上で②の意味(大伴家持を見下した形式)で用いたようです.

 

 

歌の意は,折口信夫によれば次の通り(ウェブ上にある他の方々の現代語訳とは少し違っています)

 

万葉集 折口信夫

1461

此(この)合歓の花は、晝(ひる)は咲いて、夜は焦れて寝る花です。あなた許りが焦れて寝なさる訣(わけ?)ではありません。わたしまでも、矢張焦れてゐます。(合歓を見るのを、戀ひ寝るによそへていふのである。これは、合歓の花と茅花とを折つて、贈るのに添へたのである。 )

 

 

なお,この歌に続く二首についても,折口信夫訳を以下に紹介します.

 

万葉集巻8 

1462:

我が君に戯奴は恋ふらし賜りたる茅花を食めどいや痩せに痩す  大伴家持

我(あ)が君に戯奴(わけ)は恋(こ)ふらし賜(たば)りたる茅花(つばな)を食(は)めどいや痩(や)せに痩(や)す

 

1463: 我妹子が形見の合歓木は花のみに咲きてけだしく実にならじかも 大伴家持

我妹子(わぎもこ)が形見の合歓木(ねむ)は花のみに咲きてけだしく実にならじかも

 

万葉集 折口信夫

1462

あなたに對して、私は焦れてゐるに違ひ御座いません。あなたの下さつた、茅花を頂きましても、段々痩せた上に痩せて行くばかりです。

 

1463 

あなたの身代りに下さつた、あの合歓は、花と許り咲いて、實とはならんでせうよ。

(うはべばかりで、實際、心は許さないのでせう。)