合歓(ねむ)を詠った短歌は,万葉集に三首登場し,その内の紀郎女,大伴家持の相聞歌はよく知られています.
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古今短歌歳時記(鳥居正博 教育社)によれば,その後の古今六帖,新撰六帖にもこの万葉集の歌が取り上げられています.
(万葉集では合歓を「ねぶ」と訓んでいるのに対し,「こうか」としているとのこと.)
しかしながら,万葉集に詠まれていた合歓は,その後はあまり詠まれなくなり,短歌に多く取り上げられるようになるのは明治期になってから.
以下,古今短歌歳時記からいくつか紹介するように,近代以降は有名な歌人たちがこぞって詠っています.合歓の花のもつ独特な雰囲気が詠み人に様々なインスピレーションを与えたと思われます.
なお,現代詩でも三好達治の「ねむの花さく」がよく知られていますので,初めに紹介しておきます.
ねむの花さく 三好達治 (花筐)
ねむの花さくほそ路を
かよふ朝こそたのしけれ
そらだのめなる人の世を
たのめて老いし身なれども
あやしくも神ことよせて思ひしみ恋ふるこころを知るやねむの木 伊藤左千夫 (左千夫歌集<全集)
合歓の木の感ずるごとく男みなしほれぬはなし人妻とふに 与謝野晶子 (佐保姫)
あまつ日の白き光りのまばゆきに合歓の延ぶるはあはれなりけり 斎藤茂吉 (石泉)
雨けむる合歓の条花(すじばな)夕淡きこの見下ろしも今は暮れなむ 北原白秋 (黒檜こくひ)
合歓の葉の 深きねむりは見えねども,うつそみ愛(ヲ)しきその香たち来も 釈迢空 (海やまのあひだ)
昼間みし合歓(かうか)のあかき花のいろをあこがれの如くよる憶(おも)ひをり 宮柊二(しゅうじ) (群鶏)
散りやまぬ花くさむらにまぎれねばねむの一樹の降りしぶく雨 近藤芳美 (黒豹)
合歓の花木末(こぬれ)に高くそよぎつつ秘かなるわが思慕をいざなふ 大西民子 (まぼろしの椅子)
合歓の花しだたる下に言葉絶えひぐらしは暗く声あはせたり 前登志夫 (子午線の繭)
ほけほけとねむは思ふやねむたきや老いびとにただ昔あること 馬場あき子 (月華の節)