オミクロンでそのストーリーは様変わり
「オミクロン株が登場していなかった場合は,この冬の後半,予防接種の免疫が切れるにつれて,年末年始の接触の増加によって,ゆっくりした速度で流行が起こっていたと思われます.
実際に12月22日のアドバイザリーボードで示した資料では,関東地方で明確に感染者数の増加が始まっています.これはオミクロン株ではなく,デルタ株の感染者です.
現在の夜間の繁華街の接触頻度では,高い接種率をもってしても感染者数は増えてしまうくらいになった.気温が低くなる中で屋内の接触が増えているので,オミクロンの出現がなかったとしてもこの年末年始は僕は葛藤しながら過ごしたでしょう.
ただ,オミクロンでそのストーリーは様変わりしました.
ちょっとしたデルタ株の流行が起こっても,重症化のリスクがある高齢者の大部分は守られたでしょう.死亡のリスクもかなり抑えられたはずです.
伝播を抑えながら,コロナと共に生きる新しい生活様式をゆっくり築いていく段階に入っていたのです.
ところが,オミクロン株が出てきたことによって状況は変わりました.
最も怖いのは広がるスピードで,伝播が止めにくいことではあるのですが,脅威の本質は最終的に高齢者が感染すると重症化し,死亡させてしまうことです.
このオミクロン株のように免疫を逃れる性質を持つ変異株です.」
オミクロンはどれぐらいの勢いで広がっているのか?実効再生産数は?
「南アフリカのハウテン州という,初めてオミクロン株の流行が認識された場所これまではほぼデルタ株という状態で推移していました.
オミクロン株がいきなり出現してから1ヶ月も経たないうちに置き換わってしまいました.その後すぐに南アフリカ全体に流行が起こりました.
北海道大学の伊藤公人教授と一緒に開発した手法を用いると,オミクロン株の実効再生産数はデルタ株の4.2倍です.右側は別の手法(指数関数的な増殖度)で見たもので,緑がデルタ,赤がオミクロンですが,その計算だとオミクロンの実効再生産数はデルタ株の3.3 倍でした.
デンマークのデータを見ても,デルタ株の3倍ぐらいです.
南アフリカ,デンマーク,イギリスでオミクロンがデルタに置き換わろうとしていますが,それらのデータを見る限りは,総合してオミクロン株の実効再生産数はデルタの3〜4倍であることは間違いなさそうです.」
“オミクロンには伝播のアドバンテージがある: 本質的な問題は免疫を逃れる性質”
「人口内で免疫を持つ人がほとんどの状況で,デルタ株の実効再生産数が1を下回っていたのに,オミクロンはそれを突き破るかのように増えてきました.
オミクロンに『伝播のアドバンテージがある』と表現します.その理由は本来の感染性も十分高いのでしょうが,本質的な問題は免疫を逃れる性質があることだと考えています.
ワクチンや自然感染によって獲得した免疫が,おそらくオミクロンには2割ぐらいの有効性でしか効いていない.残りの8割の接触は,免疫を持っている人であろうとも感染しているということです.
オミクロンはそれを裏付けるかのように,スパイクタンパクというウイルスの表面にあるタンパク質の遺伝子に32個以上変異があると言われています.
スパイクタンパクはヒトの細胞にウイルスがくっつく場所であって,感染に深く関係しているとされます.その変異によって,免疫から逃げる仕組みを獲得したウイルスが現れた,ということまでがわかっているのです.
デルタ株に対する流行対策でうまくいきつつあったところを,一気にちゃぶ台返しするかのような性質を持ったウイルスが出てきた.しかもどの国でも2週間ぐらいで置き換わっているのが,最初の衝撃でした.」
何回も予防接種をしている先進国は,ワクチン配分の国家間の不公平さを省みる必要性がある
「具体的なタイミングはわからずとも,いつかちゃぶ台返しが起こることは以前から予測していたのです.
このウイルスはアフリカも含めた発展途上国でかなり多くの自然感染が起こっており,現在まで世界はそれを放置してしまっています.たくさん感染が起きると,たくさん変異の機会を与えることになります.これまでの変異株は感染者数の多いところで生まれてきました.
何回も予防接種をしている先進国は,ワクチン配分の国家間の不公平さを省みる必要性があるのです.個々の先進国が利己的に国民を守り続けるしかない状態が続いてきたために起きていることです.世界中で感染が広がるパンデミックの最も難しい課題の一つだと思います」
予防接種も関係ないかのような伝播の実態
「南アフリカの研究で,再感染がたくさん起こっていることがわかっています.南アフリカには自然に感染したことがある人の追跡コホート(観察集団)があります.そのコホート登録者の再感染頻度を見ると,再感染のリスクがこれまでの3倍ぐらいになっていることがわかっています.
英国で同様に推測すると再感染のリスクは従来の5倍を超えているようです.オミクロンはかなり免疫を突き破っていることが分かります.
デンマークでは,ワクチン未接種,1回接種,2回接種,3回接種に分けて,オミクロンの感染者数,それぞれの予防接種状態に属する感染者の割合,人口全体の接種率を比べています.
ここでは予防接種した人の方がむしろたくさん感染していることがわかります.
なので,予防接種がオミクロンには歯がたっていないことがわかるデータです.ワクチン関係なしに伝播が起こっていそうなことを示すデータです.英国健康安全保障局(UK Health Security Agency)が検査に来た人たちを対象に行った調査では,mRNAワクチンを2回接種していても,発症予防効果はゼロでした.
今までに出ている疫学データでは,ワクチンや自然感染によらず,オミクロンへの発症予防効果は2割に満たないことで大体一致しています.いま手に入るワクチンによる発症阻止はかなり難しそうです」
凄まじい感染のスピード.短い倍加時間
「南アフリカは少しスローダウンしたので倍加時間は3日間程度です.他の国では2日間を切っています.直近7日間のデータで見てみると,やはり倍加時間が2日間切っています.
第1波の時に従来株の倍加時間を頻繁に評価してきましたが,イタリアなど欧州諸国で流行が起きた時に「オーバーシュート(感染爆発)」という表現を使っていたことがありました.その時の倍加時間は,2〜3日でした.
今はそれよりも短いのです.驚異的なスピードで増えていると言えます」
もっと大事なのはブースター接種.現行のワクチンだと発症の予防は難しくても,死亡や入院からはかなりの割合で守ってくれる.
「(西オーストラリアのカーティン大学のゴルディング先生が行った研究)抗体反応の強さをみると,予防接種の有効性が予測できます.その方法論をもとにオミクロン株に対する既存のワクチンの効果を予測したところ:
死亡を防ぐ効果が左上,真ん中の上が重症化(入院)を防ぐ効果,右上が発症予防効果です.横軸が2回接種後の日数を指していて,縦軸は何%有効か示しています.
オレンジがアストラゼネカ社のワクチン,薄紫がmRNAワクチンの2回接種です.これを見ると,いずれのワクチンでもオミクロン株の発症予防効果が極めて低いのが分かります.接種してから半年も経つと30%を切っているのが見て取れます.
一方で,mRNAワクチンの2回接種者の間では,死亡や入院の予防効果は十分でないものの,発症阻止効果ほど低くはなっていないことは希望をもたらします.
もっと大事なのはブースター接種を示す濃い紫です.現行のワクチンだと発症の予防は難しくても,死亡や入院からはかなりの割合で守ってくれるのです.
イギリスのデータによると,ファイザー社のワクチンを2回うって6ヶ月経った人はどれぐらい防がれているのかを見てみると,オミクロンの発症予防効果は7.9%しかありません.重症化予防効果も35.2%です.死亡抑制効果だと50.4%です.
(この結果からすると)例えば,高齢者の施設で集団感染が起こると,これまでの倍の人数が感染すれば,死亡者数はワクチンをうっていない状態と同じことになりますから.」
「ブースター接種(3回目接種)をして30日経った時の予測では,軽症の発症を防ぐ効果は48.4%で発症阻止効果はやはり弱い.一方で,重症化予防は85.5%,死亡抑制効果は91.7%と,相当防ぐことができます
今のワクチン接種(2回接種)の状態のまま,オミクロンに丸腰で対峙しなくてはならなのは危険です.3回目接種をとにかく重症化リスクの高い人にうっていくことが必要になることを示すデータです.」
「(厚労省の計画は)ワクチン接種をさらに2ヶ月前倒ししていて,12月にうてる人も生じるようにしたいという気持ちが前面に出ている内容です.
それでも結局多くの高齢者は2月にうつことになっています.しかし,現実的に,このペースだとオミクロンの流行にはおそらく間に合わない.
デンマークや英国では感染者が見つかってから2週間で一気に置き換わっています.日本で言えば1月の状況を心配するのが自然なのではないでしょうか.高齢者の多くは3回目接種が間に合わないまま,オミクロン流行を迎える可能性が高いということですね.」
「ブースター接種のチャンスがきたら,すぐうつことをお勧めしたいと思います.3回目接種で重症化と死亡を防ぐ,という選択肢に対策は絞られている状況です」
デルタとオミクロンでどれぐらい未接種者の重症化リスクは違うか
「重症度の評価はすごく難しいのです.死亡者数のデータは十分に蓄積されていません」
「ロンドン大学から速報では,未接種者の間でデルタ株とオミクロン株を比較すると,オミクロンの外来受診はデルタの0.75〜0.80倍くらいに下がり,1晩以上の入院はオミクロンだとデルタの0.55〜0.60倍くらいになるとされています.オミクロンは若干マイルドではありそう,とは分かりました.しかし,あくまで『少しだけ』の違いであるという評価なのです.」
「重症化リスクの減少がせいぜい6がけ,8がけぐらいの差であると,感染者が増えれば,そんな差は吹っ飛んでしまいます.感染者数が爆発的に増えるのを許してしまうと,やはり入院はキャパシティの限界を超えて死亡者が一定数出てしまう可能性が十分にある,ということです」
まずは危機感を共有したい
「専門家は,相当な危機感を持って今の状況を見ています.
先ほど紹介したオーストラリアのゴルディング教授の推定値を利用すると,ワクチンの効果が減弱しはじめていることを加味した上で,日本の現時点でのオミクロンの発症予防効果を持つ方の割合は14.8%です.死亡を抑制する効果は,人口全体の割合で言えば37.5%が持っていることになります.決して楽観できない数字だとわかっていただけると思います.」
「まず目の前に迫る危機をみんなで見つめたい.その一歩がまずないと,今後どうしていくか相談もできません」
具体的にやるべき事:ブースター接種,感染対策,医療体制の準備
「私たちは,社会で冷静さを保ちつつ,死亡するリスクの高い人に,なんとかして早いうちに3回目を接種する方法を考えなければなりません.流行は数週間で一気に拡大する可能性が高い状況です.ワクチンで命を守るためには今回は急げるところでは急がなくてはいけないのです」
「まずは皆さんにリスクを認識していただいて,感染を減らすにはどうしたらいいのか,一緒に考えていただきたい.
そのリスクを受け止めた上で,リスクが極めて高いこと(飲酒・飲食や旅行,イベント 等)に関しては,見直していただく勇気も必要なのかもしれません.政治や国民の合意形成次第だと思っています.」
「もう流行は終わった」という認識の切り替えを
今回,お伝えしたかったのは,先にオミクロンが流行している海外で何が起こっていて,私たち専門家がオミクロンのリスクをどう見ているかということです.
過度に恐れる必要はありませんが,年末年始のリスクについて皆さんに考えていただきたい.
マイクロソフトのビル・ゲイツ氏は,「ちょうどノーマルな生活に戻ろうとしていた頃に,パンデミックの中で最悪のフェーズに入ろうとしている」と述べています.それぐらい衝撃のある状況です.
ゲイツ氏の知人はオミクロン株に感染し,それを横目に見てゲイツ氏自身も年末休暇のほとんどの計画をキャンセルしました.
もし,ハイリスクの行動を年末年始に取ろうと考えているならば,場合によっては考え直すことも選択肢の1つになろうとしていることをお伝えしたい.
それをお伝えしたくて現時点でのリスク評価を共有しました.特に,屋内で大人数が揃うようなイベントは,南アフリカもイギリスもデンマークも共通して集団感染が起きています.
少なくとも「もう流行は終わった」という認識はいったん切り替えてもらう必要があると思っています.