かかし(2) かかしは,民俗学の重要な研究対象!かかしという言葉の由来である「かがし(嗅がし)」は,いまでも方言として残っている.そして,“ 始めて鳥獣の縅し(おどし)のこの人形を立てた人の心持は,これが自分達の姿のように見えて,相手を誤解させようというのではなかった. 形はどうあろうともこれが霊であって,むしろ人間以上の力で夜昼の守護をするものと信じられていた”(柳田国男)

次の事項や著書について、各100字程度で説明しなさい。(各10点)
(1)鏡餅 (2)『先祖の話』 (3)案山子(かかし)
(4)陰膳(かげぜん)
 
これは平成22年学芸員資格認定試験「民俗学」の問題です.学芸員の資格認定について:文部科学省

かかしは,民俗学の重要な研究対象!

その成果がどのようなものかは,民俗学を学んだことのない私には皆目分かりませんが----.

 

ネット上でも,

柳田国男「年中行事覚書」青空文庫柳田国男 年中行事覚書),

小池淳一「神々の歳時記 案山子の名前と形」々の歳時記 小池淳一【飯塚書店】といった方々の文章から,成果のほんの一部でしょうが,かいま見ることができます.

 

以下,少し引用します.やや専門的な言い回しになりますが---

 

かかしは「嗅がし」だった.

柳田国男(「年中行事覚書」青空文庫 柳田国男 年中行事覚書によれば,

“かかしの方言は,カガシ,オドロカシ,ソノの大体三通りになっている” とのこと.

「かかし」という名前は,方言(静岡,愛知などで使用)としても残っているカガシに由来しているようです.

 

日本国語大辞典「かかし」の①は

(においをかがせるものの意の「嗅がし」から)田畑が鳥獣に荒らされるのを防ぐため,それらの嫌うにおいを出して近づけないようにしたもの.----

そして②として

(①から転じて)竹やわらなどで作った等身大,またはそれより小さい人.形田畑などに立てて人がいるように見せかけ,作物を荒らす鳥や獣を防ぐもの.かがせ.そうず.(室町末期文献に使用例)

 

小池淳一氏は,「民俗学の見解」として日本国語大辞典と同様の解説を々の歳時記 小池淳一【飯塚書店】).

 

 

かかしは「田畑の守りのシンボル」だった.

一方で,「かかし」は,古くから,そして広範囲の地域で「田畑の守りのシンボル」でもあったし,現在でも祭儀の対象とされているとのこと.

 

小池淳一氏によれば,

“ 『古事記』の上巻に案山子は,久延比古(久延毘古 くえびこ)という名で登場するが,すぐに「所謂久延比古は今には山田のそほどぞ」と注されていている.

ソホドの語義はあきらかではないが,水の流れを利用して音を絶え間なく発して鳥や獣を追う仕掛けをソウズ(添水)と呼んでいたことと関連するのかもしれない.”

 

“ 動物や鳥たちは,人間の姿かたちだけをとりわけ恐れるのではない.

案山子の方言名にもあるように,匂いや煙だけでも充分に防除に役立ったのであるから,わざわざ人形すなわちヒトガタにするのは別の意味があった筈である.

案山子といえば人形を想起するのは,田畑の仕事を見守る存在への独特の嗜好に他ならない.

小島は『案山子系図』のなかで,草人形が神の形代(かたしろ)であったことを指摘しつつ,案山子と田の神,さらには水神との関連を示唆している.”々の歳時記 小池淳一【飯塚書店】

 

また,柳田国男氏は,

“ 始めて鳥獣の縅し(おどし)のこの人形を立てた人の心持は,これが自分達の姿のように見えて,相手を誤解させようというのではなかった.

形はどうあろうともこれが霊であって,むしろ人間以上の力で夜昼の守護をするものと信じられていたことは,日向のシオリジメも注連縄(しめなわ)も同じことであった.

そういう古風な考え方はもう抱いている者もないかと思っていると,地方によって存外に物堅く,今でも,この案山子に対して慰労感謝の祭をしている者もある.

信州の南安曇郡などで,ソメの年取という語は正月でなくとも,一年に一度ずつ人間の同じように,正式食物を供して身祝いをさせることをいうので,臼の年取り鼠の年取りも同じように,この晩は案山子に餅を供え,また大根を供える.”柳田国男 年中行事覚書

とし,

ソメの年取りの他にもトオカンヤ(十日夜 十月十日のこと),カカシアゲ,イノコヅキなどと各地でまちまちな名前で呼ばれながらも,共通して

「田の神が一年の任務を終わって,再び山に帰って神になりたまう日」を祝う習慣があること,

その神の代表者として案山子に供え物をしたり,子どもたちが家々を回って祝う祭の風習が残っていること

を書き記しています.柳田国男 年中行事覚書

 

「神は眼に見ることはできないから,この蓑笠を着て永い間,田の番をしてくれたものを,その代表者のつもりで歓待したのだろう」

というのが柳田国男氏の考えで,このような考え方や風習が古事記の時代からあったのではないかとしています.

 

 

NHKBS新日本風土記案山子でも,神様として祭られる案山子が幾つかの挿話として紹介されていました.

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 http://www.nhk.or.jp/archives/michi/articles/800/1361.html

▽南の島で案山子は踊る

奄美群島の徳之島東犬田布(いぬたぶ)地区.案山子の祭りには豊作への願いが詰まっています.現在はサトウキビが作られていますが,かつては米を作っていた名残のお祭りです.

15夜前の戊申(つちのえさる)の日.「イッサンサンの祭り=琉球王国におさめられて133年目の日」と呼ばれています.子どもたちが家々を回り,祝います.

 

▽一本足の神様

石川県中能登町久江(くえ)には古事記にある久延毘古を祭った神社があります.案山子の神様が住んでいたという言い伝えがあり,村人に農業を教え,病を治したと伝えられています.

 

▽かかしあげ

収穫を終えた秋.感謝を込めてかかしに餅などを供えます.かかしは,田の神が宿るもの.

神は春山から田に下りてきて,作物につく虫や病気など,悪霊を遠ざけます.そして,秋収穫が終わると山へ帰っていくと信じられていました.

 

▽お人形様

福島県船引町朴(ほうのき)橋.

16世帯の小さな集落です.集落の入り口,高台に立つ面をつけたわら人形.お人形様と呼ばれる案山子の神です.

160年ほど前,村が疫病に襲われたとき,悪霊を追い払うために立てられました.右手に握るのはなぎなた.左の腰には刀.毎年集落に人が総出で,髪の毛にする杉の木やわらを新しく取り替えてきました.