風の中に
土の匂いに,もう一度日本を見つける.私を見つける.
新日本風土記.
http://www.nhk.or.jp/archives/michi/articles/800/1361.html
かかしの“嫁入り”
嫁いだ頃からかかしを手作りし,辛いときも苦しいときもいつもかかしに癒やされてきた妻のキヨ子さん.津波の後、倉庫の中でコメ作りの再開を待っていた大切なかかしと,やむなくお別れです.かかしの嫁入り先は,同じ県内で農業をしている姪の京子さん.福島の新たな田んぼで、誇り高く農家の人々を見守る,かかしです.
再開された米作り.しかし,ほとんどが家畜の飼料用です.農家の3分の2以上が既に農業を諦めました.
代々守ってきた2ヘクタールの田んぼを,人に任せることにした佐藤さん夫婦.それでも毎日草刈りを続けています.
佐藤清喜さん「体がこう,やっぱり2-3時間やると,この体がおっちゃう(参っちゃう)んだな.やってないと.これだけ刈るのにこんなに汗かいたことない.今まで.これだけ疲労はくるんだな」
米を作れずにいるうちに,体が衰え,農業を続ける自信を失いました.
妻の佐藤キヨ子さんは,長年大切にしてきたかかしを,人に譲ることにしました.
キヨ子さん「ここにあります」
キヨ子さんが自分で作ったかかしです.
キヨ子さん「私,絵描くの好きだったから漫画の顔になってる.やっぱりね.田んぼ作らないとかかしもたてらんないし.こんなときにあんなの立ててと思われるのも嫌だし」
キヨ子さん(かかしにカバーを掛けながら)「雨に濡れてもいいようにね」
譲る相手は同じ県内で農業をしているめいの京子さん.送り出す前に最後の着替えをします.髪の毛も丁寧に整えます.30年以上前から作って来たかかし.
清喜さん「嫁に出すしかないんだな.やっぱり使ってないからな.生きてきたよ」
キヨ子さん「向こうで皆に楽しんでもらうしかないね」
キヨ子さんが作り始めたのは,嫁いできて10年ほど立った頃でした.この土地での暮らしにまだなじめないでいたキヨ子さんをかかしが救ってくれました.
キヨ子さん「ここにしだれ桜あるでしょ.そこんとこに鳥に食べられるから.そもそもかかしを作ったのが.その時.草むしってるような感じ作ったの.ばあちゃんが温泉に行って,娘二人でね.帰って来て,ここ上がってくるとき,ただいまって声かけたのね.でも,私,振り向かないから.私だと思ってるから.ばあちゃんがね.『キヨ子今帰った』ってそばまで行って顔のぞいたら,かかしだったので,大笑いになっちゃったのね.それでね.かかしってこんなに楽しくなるのかな.なんて思って.そもそも,それがきっかけかなと思うね.作り始めたのは」
この写真は近所の人が撮ってくれたもの.
(椅子に座るかかしとキヨ子さん.そしてトラクターを運転する清喜さん)
キヨ子さんのかかしは本物の人間みたいと評判になりました.
キヨ子さんの実家があった南相馬市の鹿島地区.5年前,津波はこの地域を襲い,兄を初め,3人の親族が犠牲になりました.
(実家があった場所を眺めながら)
キヨ子さん「すっかり変わっちゃったもんね」
実家が津波にのみ込まれた事をキヨ子さんが知ったのは,震災の翌日.しかし,原発事故で非難を強いられ,駆けつけることができませんでした.
キヨ子さん「もう,何にもない」
何日も遺体を探し続け,葬儀の手配をしてくれたのが,かかしを譲ることにした姪の京子さんたちです.
キヨ子さん「あの時,手伝ってやれなかった.そのことだけ,ちょっと」
キヨ子さんが農業をやめると,親族の中で農家は姪の京子さんだけになります.
キヨ子さん「一生懸命農業やってる姪っ子のために少しでも,私の代わりにかかしが見守ってやるような気持ちもありますね」
(夫婦で実家の場所を眺める後ろ姿)
かかしと別れる日.
津波の後も,かかし達は倉庫の中でずっと米作りの再開を待っていました.
キヨ子さん「これは,首,自由に動く.あんまり固定してない」
(かかしをじっと見つけるキヨ子さん)
キヨ子さん「なんでこんなの作ったのかな,という気持ちもありますね」
取材者「今思うと何でですか?」
キヨ子さん「やっぱり疲れたときの逃げ道にもつながるね.私の代わり.ふふふふ.かかしに頼ったのかな」
(かかしたちの衣装を丁寧に直すキヨ子さん)
姪の京子さん夫婦が来ました.
京子さん「遅くなりました」
かかしを自分の田んぼに立てるのは,京子さんは初めて.
京子さん「つぶらな瞳だわ」
京子さん「まあご近所にはないですね」
「ビックリすると思うよ」
京子さん「なに始まったって.はははは」
キヨ子さん「何にも手伝いできないから,私の身代わり」「ふふふふはははは」
京子さん「雨ざらしにして身代わりか」
キヨ子さん「かかしは雨ざらしだべ」
キヨ子さんの田んぼを初めて離れるかかし.
(軽トラの後部に丁寧に三体のかかしを寝かせる京子さん夫婦)
新しい場所でも,無事役目を果たせますように.大切にしてもらえますように.
(かかしをのせて田んぼの続く道を走り去る軽トラック)
米作りに見切りをつけ,やむなくかかしと別れるキヨ子さん.福島で生き抜いてきた家族の静かな節目の日です.
キヨ子さんのかかしです.
2時間かかって着いたのは田村市の田んぼ.
キヨ子さんの思いがこもったかかしを姪の京子さん達が立てます.
この田んぼが黄金色に染まるまであと1ヶ月.
取材者「今年はイネのできはどうですか?」
京子さん「この辺は暖かかったからね.結構実が入ってるって皆言ってるから」
京子さん「見張りしてもらわなくちゃ」
震災以来倉庫にしまわれていたキヨ子さんのかかし.風が心地良い5年ぶりの田んぼです.
京子さん「ここ歩く人が止まって声かけるかもしれない」
遠い昔「久延毘古(くえびこ)の神」と呼ばれた頃から続く大切な務め.お任せ下さい.きょうからしっかり秋の実りを守ります.
京子さん(田んぼを見渡しながら)「もう後収穫まで,もうちょい---ですね」