シャガとヒオウギ
シャラノキ(沙羅樹 ナツツバキのこと) / サラソウジュ(沙羅双樹)同様,
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/07/11/234912
漢名と和名が入り交じって,混乱しかねない植物に,シャガとヒオウギがあります.
シャガと聞けば,現在では,よく見かける Iris japonica を思い浮かべるのがほとんどの方かなと思います.
しかし,シャガの名前の元となった漢字「射干」は,中国では和名のヒオウギ(檜扇)を意味する言葉とのこと.
(シャガの名前の変遷についての考察 ⇒
林下に花開く胡蝶の化身「シャガ」。その不思議な名前の由来とは?(tenki.jpサプリ 2020年04月17日) - 日本気象協会 tenki.jp )
ここまでは多くの植物名にあることですが---
日本でも,「射干」の漢字がヒオウギを意味することがある!
射干玉.「ぬばたま」と読みます.
万葉集でも出てくる「ぬばたま」.ヒオウギの黒い実のことですね.
ぬば‐たま【射干玉】
〘名〙 植物,檜扇(ひおうぎ)の種子.黒くて球状をなす.うばたま.むばたま.
一旦,射干をシャガを意味する言葉としたのなら,統一してくれれば混乱しないで済んだのに---とも思います.
シャガ
しゃが /射干 著我 莎我
ニッポニカ シャガとは - コトバンク
文化史
漢名の射干があてられ,シャガになったが,本来の射干はヒオウギのことで,中国ではシャガを胡蝶花と書く.
射干は『本草和名(ほんぞうわみょう)』(918ころ)に,加良須阿布岐(からすあふぎ)の和名で載っているが,これもヒオウギと思われる.シャガがいつ渡来したかは明らかでないが,『花壇綱目』(1681)に,葉に斑(ふ)の入ったスジシャガが出ている.
江戸時代には,射干を正しくヒオウギに同定する書物のある一方,シャガに用いるなど混乱がみられる.
[湯浅浩史 2019年5月21日]
シャガもヒオウギもアヤメ科アヤメ属の植物.
花の咲く時期は異なりますが.(シャガは4-5月,ヒオウギは7-8月頃)
キジカクシ目 Asparagales,アヤメ科 Iridaceae,アヤメ属 Iris,
シャガ I. japonica
ヒオウギ I. domestica
シャガは,
人里近くの日陰に野生し,本州から九州に分布し,寺院などでもよく見かけます.開花時期は4-5月.
japonica の種小名をもっていますが,原産は中国(中国名 胡蝶花).
日本にいつ頃渡来したかは不明とのこと.日本のシャガは,三倍体のため種子ができず,アヤメ科の中では珍しい常緑種. (ニッポニカ シャガとは - コトバンク )
ヒオウギは,
西日本から中国大陸に分布し、昔から庭の草花として植えられ、切り花栽培も.開花時期は7-8月頃.
本ブログで何回も取りあげていますが---
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/07/03/011804
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/10/14/001000
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2019/10/15/001000
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2020/09/13/003657
広い扁平な葉が互生しているのを扇にみたてた名前です.元々檜扇とは,檜の板でつくった扇のこと.
檜扇
「細長いヒノキの薄板をとじ重ねて作った扇.衣冠(最高の礼装である束帯の略装の一形式),または直衣(なほし 平服のこと)のとき,笏(しゃく)にかえてもつもの.---男子は白木のまま,--- 女子は美しく色彩---」(日本国語大辞典)
山田卓三先生の「万葉植物つれづれ(大悠社)」によると
ぬばたまは,ヒオウギの黒光りした種子のことで,その色から,闇,夜,黒,夢などの枕詞として用いられています.
ヒオウギは本州以西の海岸や山地の草地に自生する多年草で,夏に暗紅色の斑点のある黄赤色の花をつけ,緑色の楕円形の実がなりますが,これが晩秋から冬にかけて熟して乾くと裂開して,球形の光沢のある黒い種子が目立ちます.これをぬばたま,うばたまと呼びます.
ヒオウギは檜扇で,広い扁平な葉が互生しているのを扇にみたてたものです.
ぬばたまの夜の更けゆれば久木生ふる清き川原に千鳥しば鳴く 山部赤人 (万葉集 巻六・九二五)
シャガを詠んだ歌
胡蝶花(しゃが)の根に籠(こも)る蚯蚓(みみず)よ夜も日もあらじけむもの夜ぞしき鳴く 長塚節 (長塚節歌集)
しづかなる著莪(しゃが)ひと群(むら)を雨うちて午後の曇の果つる際を見つ 宮柊二 (小紺珠)
悲しみに馴れつつおればあたたかく岸辺の胡蝶花(しゃが)が近づいてきぬ 花山多佳子 (樹の下の椅子)
ヒオウギを詠んだ歌
檜扇(ひあふぎ)の花は実となりさびしけど要ただしき葉のすがたあはれ 若山喜志子 (筑摩野)
われを責むるごときしづかさ射干(ひあふぎ)の黒き珠美の熟れつつありて 清原令子(よしこ) (繭月)
きらひなる思ひかずかずに結ぶ玉射干玉(ぬばたま)に秋の光(かげ)静かなり 馬場あき子 (月華の節)
どちらを詠んだか分からない歌
射干(ひおうぎ)の花のふふまむ頃となり山ほととぎすいまだ聞こえず 斎藤茂吉 (寒雲)
:ほととぎすが鳴くのは5〜6月.この頃咲くのはシャガ.シャガをヒオウギと呼んでいる(ようにみえる)歌です.
引用和歌は古今短歌歳時記(鳥居正博 教育社)より