“三浦祐介著 口語訳古事記[完全版]文藝春秋” をテキストとした “植物をたどって古事記を読む”シリーズ.
アカネとススキが詠み込まれたオホクニヌシ(ヤチホコ)の歌.
この歌に,もう一つの植物が詠み込まれていることを見落としていました.
しかも冒頭に!
ぬばたま
枕詞ですが---
「黒」や「夜」,またその他の「黒」をイメージさせる言葉を導きます.「ぬばたま」はヒオウギの黒い実のことです.(たのしい万葉集 たのしい万葉集: 緋扇(ひおうぎ)を詠んだ歌 )
ぬばたまの 夜の更けゆれば 久木生ふる 清き川原に 千鳥しば鳴く 山部赤人 (万葉集 巻六・九二五)
また,以前にも引用させて頂きましたが,
http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2017/07/03/011804
サカタのタネの小杉波留夫(こすぎはるお)さんが,次のように書いています.
ヒオウギ(ぬばたま)|東アジア植物記|サカタのタネ 園芸通信
ヒオウギ(ぬばたま)|東アジア植物記|サカタのタネ 園芸通信
「黒の枕詞として『ぬばたま』を知っていても,植物のタネとしての『ぬばたま』をご存じない方は多いのかも知れません.
真っ黒で艶々したこのタネを見た昔の人々は,この様子から夜の闇や美しい女性の黒髪を連想したのでした.
万葉集に歌われているこの植物を考えると,昔は日本でもdomestica(家庭 ⇒*)で身近に生えていたのだと思います.
ヒオウギの自生環境である,日当たりのよい草原や丘は人々の住まいとなり,今ではヒオウギの自生を身近に見ることは難しくなりました」
それでも,カルスト台地で有名な北九州平尾台で自生種が見られるとのこと.
ヒオウギ(ぬばたま)|東アジア植物記|サカタのタネ 園芸通信
(現在,園芸用として出回っているものは,変種のダルマヒオウギだそうで,たくさんの交配種が育成されています.ヒオウギとは - 育て方図鑑 | みんなの趣味の園芸 NHK出版)
⇒*ヒオウギの学名は I. domestica
単子葉類 monocots,キジカクシ目 Asparagales,アヤメ科 Iridaceae,アヤメ属 Iris,ヒオウギ I. domestica,
古事記では,
スセリビメの“うわなり妬み”(本妻が後妻に嫉妬すること)に耐えかねたオホクニヌシは,出雲から倭(やまと)へ出立しようとします.
その出立に当たって歌った歌の中.
前回とりあげたアカネとススキが詠み込まれた歌の冒頭部分に当たります.
訳文
ヒオウギの実の 黒い衣を
すきもなく 粋に着こなし
羽繕(はづくろ)いする海鳥よろしく 胸元見れば
着ごこちたしかめ これは似合わず
原文書き下し
ぬばたまの くろきみけしを
まつぶさに 取りよそひ
おきつとり むな見るとき
はばたきも これはふさはず
全訳文
ヒオウギの実の 黒い衣を
すきもなく 粋に着こなし
羽繕(はづくろ)いする海鳥よろしく 胸元見れば
着ごこちたしかめ これは似合わず
後ろの波間に ぽいと脱ぎ捨て
カワセミ色の 青い衣を
すきもなく 粋に着こなし
羽繕いする海鳥よろしく 胸元見れば
着ごこちたしかめ これも似合わず
後ろの波間に ぽいと脱ぎ捨て
山の畑に 蒔いたアカネを臼で搗(つ)き
染め粉の汁で 染めた衣を
すきもなく 粋に着こなし
羽繕いする海鳥よろしく 胸元見れば
着ごこちたしかめ これはお似合い
いとしいやつよ わが妹よ
群れ鳥のごと われがみなと旅立ったなら
引き鳥のごと われがみなを引き連れ行けば
泣きはしないと お前は言うが
山のふもとの ひと本ススキよ
首をうなだれ お前が泣くさまは
朝降る雨が 霧に立つごと涙でぐっしょり
萌え出た草にも似た 若くしなやかな妻よ
—お語りいたすは かくのごとくに