完全保存版 絶対覚えておきたい!究極の短歌・俳句100選に選ばれた万葉秀歌4  うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独しおもへば 大伴家持  穂村弘さん「前半は情景ですよね.自分の目で見たものが詠われていて,後半で自分の気持ちが詠われるんですけれど,そのコントラストが凄いんですよね」「このコントラストが現代の感覚にも通じるような気がします」 斎藤茂吉「万葉集の大部分の歌が対詠歌,この歌は,不思議にも独詠的な歌である.仏教的静観の趣でもある.これも家持の到り着いた一つの歌境であった」

NHKの番組「完全保存版 絶対覚えておきたい!究極の短歌・俳句100選.これさえ覚えれば、あなたも短歌・俳句通!?」

で選ばれた万葉集の歌を取り上げてきました.

 

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完全保存版 絶対覚えておきたい!究極の短歌・俳句100選 - NHK

(50首一覧は,次のサイトに掲載)

《発表!》究極の短歌 50選 - 完全保存版 絶対覚えておきたい!究極の短歌・俳句100選 - NHK

 

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/04/13/230251

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/04/14/233212

https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2022/04/15/234251

 

今日は,最後の四首目,編纂に深く関わったとされる大伴家持の一首.

 

 

うらうらに照れる春日に雲雀あがり情悲しも独しおもへば 〔巻十九・四二九二〕 大伴家持

うらうらにてれるはるびにひばりあがりこころかなしもひとりしおもへば

 

 

この一首は,この2日前につくられたと題詞にある二首(4290,4291)と一組にして「絶唱三首」などといわれています.

 

二十三日に、興の赴くままに作った歌二首

春の野に霞たなびきうら悲(がな)しこの夕影(ゆうかげ)にうぐひす鳴くも  4290 

我(わ)がやどのいささ群竹(むらたけ)吹く風の音のかそけきこの夕(ゆうへ)かも 4291 

 

中西進氏によれば,第一・第二には緊密さがあり,三首目に当たる「うらうら--」は,改めて第一首をくり返した上で,思惟を語る構造になっているとのこと.(万葉の秀歌 ちくま学芸文庫

 

 

番組中での解説

穂村弘さん「うららかに晴れた春の空に雲雀が上がっていく.でも,ものを思っている私の心は悲しい.

前半は情景ですよね.自分の目で見たものが詠われていて,後半で自分の気持ちが詠われるんですけれど,そのコントラストが凄いんですよね.

でも,今の我々も,明るい物を見れば明るくなるとは限らなくて,なんか気持ちが沈んでいるとき,明るい物を見てしまうと,より暗くなるっていうようなこともあるので,このコントラストが現代の感覚にも通じるような気がします.

 

 

 

斎藤茂吉 万葉秀歌

同じく家持が天平勝宝五年二月二十五日に作ったものである.

一首は,

麗(うら)らかに照らしておる春の光の中に,雲雀(ひばり)が空高くのぼる,独居して,物思うとなく物思えば,悲しい心が湧(わ)くのを禁じ難い,

というので,万葉集の大部分の歌が対詠歌,相待(そうたい)的な愬(うった)えの歌であるのに,この歌は,不思議にも独詠的な歌である.

歌に,「独しおもへば」というのが其(それ)を証しているが,独居沈思の態度は既に支那の詩のおもかげでもあり,仏教的静観の趣でもある.これも家持の到(いた)り着いた一つの歌境であった.

 前言にもいった天平二年の旅人宅の歌に,山上憶良の,「春されば先づ咲く宿の梅の花ひとり見つつや春日くらさむ」(巻五・八一八)には,ややこの歌と類似点があるが,それ以外のものの多くは恋愛情調で,対者(男女)を予想したものが多い,従って人間的肉体的なものが多い.

然るにこの歌になると,すでにその趣がちがって,自然観入による,その反応としての詠歎になっている.

 巻十九(四一九二)の霍公鳥(ほととぎす)并(ならびに)藤花を詠じた長歌に,「夕月夜かそけき野べに,遙遙(はろばろ)に鳴く霍公鳥」とあるのも亦(また)家持の作,「雲雀あがる春べとさやになりぬれば都も見えず霞たなびく」(巻二十・四四三四)も亦家持の作で,この方は巻十九のよりも制作年代が遅い(天平勝宝七歳(さい)三月三日)のは注意すべきである.なお,その三月三日には安倍沙美麿(さみまろ)が,「朝な朝(さ)なあがる雲雀(ひばり)になりてしか都に行きてはや帰り来む」(同・四四三三)という歌を作っているが,やはり家持の影響とおもわれるふしがある.

 この歌の左に,「春日遅遅として,ひばり正に啼(な)く.悽惆(せいちう)の意,歌に

非(あら)ずば,撥(はら)ひ難し.仍(よ)りて此の歌を作り,式(も)ちて締緒(ていしよ)を展(の)ぶ」云々という文が附いている.