BuzzFeed Newsの千葉雄登記者が,埼玉県川越市のコロナ患者を一手に引き受ける埼玉医科大学総合医療センターの新型コロナ病棟を3日間(7月26日〜28日)密着取材し,3回にわたってレポートしています.
以下,その抜粋です.
とてもしっかりした記事にまとめられていますので,ぜひ,原文をお読みください.
1. 「首都圏ではすでに…」 東京五輪の裏で「最後の砦」が崩壊するまで【ルポ・コロナ病棟】
2. 「まさに今、限界に」「もう受けられない」治療の最前線、重症者病床が埋まった瞬間【ルポ・コロナ病棟】
3. 首相は「新治療薬」をアピール。でも… 届き続ける入院依頼の電話。病床に空きはなし【ルポ・コロナ病棟】
【ルポ・コロナ病棟】
千葉 雄登 BuzzFeed News Reporter, Japan
1.東京五輪の裏で「最後の砦」が崩壊するまで
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/saitama-med-covid-19-1?bfsource=relatedmanual
▽この日搬送されてきた埼玉県内在住の41歳の男性Aさんは,若いころから1日30本以上タバコを吸っているヘビースモーカーだという.血中の酸素飽和度が90%近くまで低下する呼吸不全の状態となったため,救急搬送された.
「41歳でこうなるのか」
「肥満ではなく,普通の体型でしたよね」
喫煙はするものの肥満も目立った基礎疾患もない.
対応を終え,ナースステーションへ戻ってきた医師たちは,驚きを隠せない.
これまで4回の感染拡大では,高齢者の重症化リスクが指摘されてきた.しかし今は,40代〜50代の重症化が増えている.
L452R,L452R,L452R…
ナースステーションのホワイトボードに,入院患者が感染したウイルスの型が貼られている.
検査結果は,ほぼ全員が,感染力の強いデルタ株に感染していることを示していた.
▽午後5時20分,この日5人目の救急搬送の依頼が埼玉医大総合医療センターに届いた.
これで,23床のうち19床が埋まる.
「ここには他の病院では受け入れられない患者さんが運ばれてきます.今日搬送された5人のうち4人が中等症2の状態,1人が重症化しやすい基礎疾患がある中等症1の状態です」
新型コロナ治療の現場で警戒すべきなのは,重症患者だけではない.中等症の患者はすでに重い肺炎を起こしている状態で,多くが酸素投与を必要とする.
そして医療現場での「中等症」とは,一般の人々が持つ「中等症」のイメージより,はるかに重篤な状態のことを意味する.
「いまここに運ばれてくる患者はおそらく氷山の一角です.この背景には膨大な数の感染者がいることが予想されます.現在の首都圏ではすでにオーバーシュートを許してしまった状態です」
「もしも,このまま重症患者がさらに2人増えてしまったら,この病院は限界を迎えます.もしもの場合に備え,プレハブに10床の病床も用意していますが,これらは基本的には軽症者用を想定しています.このままでは新規の中等症患者や重症患者を受け入れられなくなる.今いる患者さんが何とか回復することを,願うばかりです」
2.「まさに今,限界に」「もう受けられない」治療の最前線,重症者病床が埋まった瞬間
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/saitama-med-covid-19-2?bfsource=relatedmanual
▽午前11時すぎ,「中等症2」の男性Bさんが救命救急に搬送されてきた.
Bさんは61歳の男性.高血圧はあるが,重度ではない.7日ほど前から発熱が続いていた.1度目のワクチン接種は終えている.
搬送中に酸素飽和度が75%に低下していたことを受け,到着直後,看護師が「大丈夫ですか」「酸素を吸って楽になった?」と優しく声をかける.
状態は,想像以上に悪い.対応する医師は「挿管かな…」と小声でつぶやいた.酸素を送り込む人工呼吸器のチューブを気管に入れることを意味する.
当初,中等症2と見られていたBさんは,改めての慎重な診断の結果,「重症」と判定された.
医師が治療の方針を検討し,まずはステロイドを投与するよう指示した.
「これから先は,初期治療に反応するかどうかですよ」
担当医の金澤晶雄さんは険しい表情で明かした.
「このままだと夜は越せないから,上の患者がきたら,こっちも挿管で」
Bさんも午後には人工呼吸器をつけることが決まった.
こうした治療の合間,ナースステーションで雑談する医師らは口々に,感染拡大が想像以上に早く,患者が増え続けることへの不安を口にした.
「こんなに早くこうなるとはな…」
「これから良くなる要素もないしね」
「これは…大変なことになるね」
「外来を縮小するとか,何かを犠牲にしないと無理ですよ」
▽午後1時4分,新たな重症者Cさんが転院してきた.
救急隊のストレッチャーの上で酸素を吸っている.表情に余裕はない.
Cさんは7月18日頃に発熱.6日続いたためPCR検査を受けたところ「陽性」と診断された.
7月24日に地元の病院に入院していたが状態が悪化.治療薬であるレムデシビルを投与したものの改善が見られず,さらに高度な医療を担う,この病院に転院した.
Cさんには到着後すぐ,人工呼吸器がつけられた.
▽「挿管」の現実
ベッドに横になったBさんの周囲を,医師や看護師らが取り囲む.医師は声をかけながら,少しずつ処置を進める.
まずは鎮痛・鎮静剤を投与し,患者の苦痛を和らげ,眠らせる.次に,口の中にチューブを入れる.
総合診療内科・感染症科のスタッフだけでなく,麻酔科や高度救命救急センターの診療部長たちがサポートする中で,人工呼吸器がセットされた.
午後3時25分,目の前で1人の患者が管につながった.
このBさんの命は今,この機械に委ねられている.
医師は「1日で2人同時に人工呼吸器をつけるのは,この1年で初めてです」と口にした.
埼玉医科大総合診療センターの重症者の届出病床は「8床」.しかし,人工呼吸器の管理には大勢のスタッフの力を要するため,現実的に医療の質を落とさず,安全に同時に動かせるのは4台が限界だという.
つまり「8」という数字は,行政の強い要請に協力するため,病院側が何とか絞り出した数字だ.
一方,人工呼吸器が必要な重症患者を安全に受け入れるのが可能なのは,埼玉医科大の場合は,実際には4人までということになる.
政府や自治体が発表する「確保済み病床数」は,こうやって各病院が出した数字を集めたものだ.それと治療現場での現実には,ずれがある.
積み重なれば,首都圏をはじめ全国でどれくらいの差になるのか.一つ一つの医療現場を検証しなければ,正確には分からない.
Bさんにつながれた4つ目の人工呼吸器が動き出した瞬間,この新型コロナ病棟の感染症科が即応できる重症者病床は,すべて埋まった.
記者が取材を始めて2日目のことだった.そして,川越を会場とする五輪のゴルフ競技(7/29-8/7)は,まだ始まっていない.
「まさに今,限界に達しました」
▽「一般の人がイメージする軽症,中等症,重症のイメージと私たち医療従事者の言う軽症,中等症,重症のイメージはかけ離れているなと感じます」
こう語るのは,総合診療内科・感染症科の講師で副診療科長の三村一行さんだ.
「軽症は風邪の初期症状のようなイメージかもしれませんが,実際には39℃を超える熱が出る場合もありますし,酸素投与が必要なくてもかなりしんどい状況です.
中等症は酸素投与が必要であり,基本的には人工呼吸器を使用する一歩手前の状況です.
重症は人工呼吸器という生命維持装置を着けなければ,命を落としてしまうような状態です」
重症化した場合,人工呼吸器を着ければいいと単純に言えるほど,問題は簡単ではない.
多くの看護師が1日に何度も口の掃除や身の回りの介助のために動き,リハビリや機械の設定に技師たちが奔走する.そして,医師たちは患者のちょっとした容態の変化にも注意を払い続けなくてはいけない.
新型コロナの死者は少ない,という声が聞こえてくるが,それは多くの医療従事者の懸命の処置の成果なのだ.
コロナは,明らかに風邪ではない.
3.首相は「新治療薬」をアピール.でも… 届き続ける入院依頼の電話.病床に空きはなし
https://www.buzzfeed.com/jp/yutochiba/saitama-med-covid-19-3
▽岡さんは4つ目の人工呼吸器が動き出した27日,「川越地域の新型コロナ患者を受け入れる医療体制はまさに今,限界に達した.もう重症になっても,搬送先はおそらくなかなか見つからない」と記者に語った.
それでも岡さんらスタッフは,何とか患者受け入れを続ける手段を模索している.
「このままいくと,来週にはどうなっちゃうのかね」(井岡さん)
「検査のキャパシティの問題はあるでしょうけど,東京は1日5000人くらいまでいくんじゃないですか」(岡さん)
第5波のピークは,まだ見えない.感染状況に7月22日からの4連休が与える影響が明らかになるのは,しばらく先の話だ.いま入院している患者は,連休と五輪開幕前に感染し,発症した人々なのだ.
治療現場には,先が見えないことへの不安が押し寄せている.
▽埼玉医科大総合医療センターで重症者の受け入れが厳しくなった27日夜,菅義偉首相はメディアの取材に「重症化リスクを7割減らす新たな治療薬を政府で確保しており,これから徹底して使用していく」とコメントした.
しかし岡さんは,首相は現実を直視できていない,と指摘する.
「(首相の言う)抗体カクテル療法は,軽症〜中等症1の患者に,入院の上で早いタイミングで投与し,重症化と死亡を防ぐためのものです」
「しかし,いま当院へ搬送される人の多くは中等症2で,軽症や発症した早いうちは自宅療養せざるを得ない.運ばれてきたタイミングでは,カクテル療法はすでに効果が得られる時間が過ぎていることが多い」
いま増えている中等症2の患者は,高齢者よりは重症化しにくい50代以下が多いが,これまでの経験で言えば10人に1人ほどは,人工呼吸器を必要とする状態になるという.
「人工呼吸器をつけると,患者1人を医師や看護師,技師やリハビリのスタッフなどのべ20〜30人で24時間管理することを意味します.軽症や中等症の患者とは,現場にかかる負担は比べものになりません」と,岡さんは言う.
受け入れ能力で精一杯といえる4人に人工呼吸器を使っているこの病院には,これ以上の余裕はない.新たに重症者が運び込まれなくても,もし入院中の中等症患者の容体が急変したら,能力の限界を超えることになる.
▽横には救急車から搬送された患者が処置を受けるスペースがある.数分後,新しい患者が運ばれてきた.
交通事故の外傷で搬送されたのは,男の子だった.
「痛ーい!痛い!」
医師たちはどこが痛むかを尋ねる.周囲に男の子が泣き叫ぶ声が響いた.
この病院へ搬送されてくるのは,新型コロナ患者だけではない.
「病院はなぜ,コロナ病床をもっと増やせないのか」という疑問を抱く人も少なくないかもしれない.
しかし,全病床が1000床を超えるこの病院では,がん治療や救急対応など通常の医療活動で,多くの病床が日常的に埋まっている.他の診療も行いながらコロナ患者に割くことができるのは,今の病床数が限度だという.
このセンターはコロナ患者だけでなく,様々な理由で運び込まれる地域の人々の命を救うための「最後の砦」でもあるからだ.コロナだけに注力すれば,その他の病気やけがに苦しむ人々を,見捨てることにもなりかねない.
▽「現場にいると,本当にワクチンの効果を実感します.あとちょっとなんだけど…40代・50代がうち終われば,こんなに医療が逼迫することもなくなるでしょう.あと数ヶ月乗り越えられれば,ってところだったんですけど」
患者の数には波がある.しかし,どんな時も対応できるように看護部は100人を超える看護師たちを交代制で新型コロナ病棟に派遣している.
7月27日には,患者の急増に対応するため,看護師を3人,増員した.
それでも,今続く第5波のピークがいつ,どうなるのか,まだ見通すことはできない.
【取材後記】医療逼迫,そして崩壊.しわ寄せは…
7月26日から28日まで,記者は新型コロナ病棟で密着取材をした.取材時間は30時間を超えた.
目の前に広がっていたのは,すでに逼迫した医療現場だ.
医師や看護師らスタッフはそれぞれ,全力で職務に尽くしているのを,目の当たりにした.それでも,第5波は現場の能力を大きく上回る勢いで押し寄せている.しかも,まだ4連休などの影響は,現場に届いていないのだ.
病床使用率のデータをもとに「まだ医療は逼迫していない」と主張する人がいる.あるいは,現時点の感染者のデータをもとに「重症者は増えていない」という人もいる.
しかし現場から見れば,いずれも誤りだ.
すでに重症者は増え,医療は逼迫している.
感染者数の増加に歯止めはかかるのか.
いま感染者が増え続けるということは,今よりもさらに多い数の中等症,重症患者用の病床が,数週間後に必要になることを意味する.
TVや新聞は,五輪での日本人選手の活躍を連日,伝えている.活躍そのものは素晴らしいことだが,同時にコロナの今を伝える報道は,減っているのが実情ではないだろうか.
五輪の熱狂の裏側で,感染拡大は続く.
病床の逼迫は医療の崩壊へつながり,そして医療の崩壊は新型コロナ以外の疾患や怪我であっても,すぐに病院を頼れないという状況につながる.
そのしわ寄せを受けるのは誰か.他でもない私たち自身だ.