橘 3
改めて全体像を簡単にまとめてみます.
其の登岐士玖能(ときじくの)迦玖能(かくの)木の実は,是れ今の橘(たちはな)ぞ.
橘は,実さへ 花さへ,その葉さへ,枝に 霜降れど,いや 常葉の木 聖武天皇 (巻6-1009)
柑橘類の古名として用いられていた言葉なので,古事記や万葉集の「橘」はコウジミカン,ダイダイの類とも考えられています(日本大百科全書).
(もちろん現存する野生種タチバナCitrus tachibanaであってもかまわないでしょう.以前は,タチバナは橘の一種とみなされていたのでしょうから:後述)
橘は京都御所紫宸殿の前庭に平安時代から植えられ(右近の橘:現在はタチバナの栽培品種が植えられている タチバナ(橘) - 庭木図鑑 植木ペディア ),また,七十二候にも登場することから,長い間,多くの日本人が慣れ親しんだ植物名だったことは疑う余地がありません.
「橘始黄」(たちばなはじめてきばむ) 橘の実が黄色く色づき始める頃(12月2日頃)
一方,現在,植物名「タチバナ」は,日本で唯一の野生柑橘類であるCitrus tachibanaを指します.
日本国語大辞典の用例に
随筆・胆大小心録(1808)四二「この橘は今も東国にあるが,蜜柑のかたちで,苦味がつようて,うまい物ではなし」
とあることからも,以前は,橘(=柑橘類の古名)の一種として扱われてきたのでしょう.
関東に長く住む私はまだ出会ったことがありませんが,沖縄から本州太平洋岸,静岡まで広く分布し,日本各地(沖縄、高知、和歌山、三重、静岡等)に群生地があるそうです.しかし,植生遷移や開発により減少し,絶滅危惧種に指定されるまでに.
https://www.spf.org/opri/newsletter/387_2.html
甲原松尾山のタチバナ群落 | 高知県の観光情報ガイド「よさこいネット」
なお,唯一の野生柑橘類とはいえ,タチバナは日本固有種というわけではなく,台湾にも原生林があるとのこと.
https://www.spf.org/opri/newsletter/387_2.html
日本へは,陳皮などの材料として,また,縁起の良い樹木として栽培品種として海外から導入された可能性も指摘されています.
https://www.spf.org/opri/newsletter/387_2.html
また,近年の遺伝子解析の結果から,タチバナが現在の食用柑橘類の原種のひとつである可能性が示唆されており,
https://www.spf.org/opri/newsletter/387_2.html
アジアに現存する野生種の伝播経路を推定したNatureの図表にもしっかり取り上げられています.
Genomics of the origin and evolution of Citrus | Nature
苦味が強くて食用にはされていないタチバナですが,系統的にはマンダリンの一品種と言える位置にあります.