ムーサイ / ミューズ 5 ムーサたちとピエリデスとの歌合戦.敗れて悪態をつくピエリデスは9羽のカササギに変身させられます.オウィディウス転身物語では,歌合戦でカリオペーが歌い上げた物語が挿入され,三章にわたる長い物語に. うち一章が,有名な「プルト(ハーデーズ)の恋」.冥界の支配者プルトがプロセルピア(ペルセポネー)を冥界に掠奪.ケレス(デーメーテール)は悲嘆のうちに娘を捜し---.次の章では,娘の居所を教えてくれたアレトゥサからその身の上を聞き出します.

ムーサイ Mousai / ミューズ 5

(単数形ムーサMousa/英語ミューズMuse)

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 https://www.theoi.com/Ouranios/Mousai.html

音楽,歌,ダンスの女神,そして,詩人のインスピレーションの源,ムーサイ(ミューズ).音楽,詩のみではなく,歴史・天文にまでその女神たちの役割は広がり,古代ギリシャ神話世界の豊かさを象徴する女神たちといえるでしょう.

しかし,ギリシャ神話の神々ですから,神々を怖れぬ者への仕打ちは時に残酷.ムーサ女神たちと歌の技の競いをしたタミュリスは,両眼とその吟唱の技を奪われます(偽アポロドーロス ビブリオテーケー(ギリシャ神話)).

 

ムーサたちとピエリデスとの歌合戦はさらに広く知られた物語.

敗れて悪態をつくピエリデスは9羽のカササギに.

 

オウィディウス「メタモルポーセース」(変身物語/転身物語/変身譚)では,ムーサたちがミネルヴァ女神(アテーナー)へ歌合戦の様子を伝える形で物語が進行.

 

歌合戦で語られた物語が挿入されるため,全体としては三章に渡る長い物語となっています.

 

うち一章が,有名な「プルトプルートー//プルートーン/ハーデース)の恋」.

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ペルセポネー - Wikipedia

—冥界の支配者プルトがプロセルピア(ペルセポネー)を掠奪して冥界に連れ去り,母ケレス(デーメーテール)が悲嘆のうちに捜し回る----—

http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2018/04/10/001853

 http://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2018/04/09/005253

叙事詩の女神カリオペーが歌い上げます.

 

 

次の章では,ケレス(デーメーテール)が,娘の居所を教えてくれたアレトゥサ(アレトゥーサ)からそかの女の身の上を聞きます.

河神アルペイオスは,ニュンペのアレトゥサに恋をします.アレトゥサは拒んで逃げ,泉に変身.

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アルペイオス - Wikipedia

この章では,豊穣神ケレス(デーメーテール)の命を受け穀物の種を各地へ運ぶトリプトレムスと彼を嫉んだリュンクスの物語も挿入され---

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TRIPTOLEMUS (Triptolemos) - Greek Demi-God of Sowing, Milling & the Eleusinian Mysteries

 

その後に,一連の話を歌ったカリオペーの勝利とピエリデスのカササギへの変身のいきさつがアテーナーに告げられます.

 

多くの物語をつないで,語り尽くすストーリーテラーとしてのオウィディウスの巧みな技が光ります.

  

以下,オウィディウス転身物語(田中秀央,前田敬作訳,人文書院)から,

導入部とカササギへの変身の場面を中心にほんの一部を紹介します.

 

五 ムサたちとピエリデスとの歌合戦

 ムサはなおも話し続けていたが,このとき空中に羽音がし,木々の梢からうやうやしい挨拶の言葉が聞こえた.

ミネルヴァ女神は,眼をあげて,こんなにもはっきりと語る声はどこから起こったのであろうかとさがして見た.女神は,人間の口から出た言葉にちがいないとおもったのであるが,なんとそれは鳥であった.

どんなことでもマネをする九羽のかささぎで,木の枝にとまって,自分たちの運命をなげいているのであった.

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カササギ - Wikipedia

 女神がおどろいてみていると,ムサはこういった.

「ごらんの鳥たちが腕くらべに負けて鳥の仲間に入れられたのも,最近のことなのでございますよ.

彼女たちは,ペラの野に住む裕福なピエルスを父とし,母は,パエオニアうまれのエウイッペでした.この母親は,九度みごもり,九度力づよいルキナ(お産の神としてのユノ/ヘーラーの別称)の加護をいのりました.

こうしてうまれたこの愚かな姉妹たちは,自分たちの数をたのんで思いあがり,ハエモニアの多くの町々や,さらにアカイアの多くの町々をとおってこの地にやってまいりました.そして,つぎのように言ってわたしたちに勝負をいどんだのです.

『いい加減な歌で無知な人たちをまどわすのはおやめ.さあ,テスピアエ(ムサたちが住むヘリコン山のふもとの町)の女神さんたち,もし自信があるなら,わたしたちと腕くらべをおやりよ.声といい,節まわしといい,あんたたちに劣りはしないよ.それに,人数もあんたたちと同じだからね.

あんたたちが負けたら,メドゥサの泉(メドゥサの子ペガススがつくったヒッポクレネの泉)とヒュアンテスの泉アガニッペ(ムサたちの聖泉)から立ち退くんだよ.そのかわり,あたしたちが負けたら雪におおわれたパエオニアの山々にいたるまでエマティアの野をあけ渡してあげるからね.さあ妖精たちにたちあってもらいましょう』

わたしたちとしては,争うなどというのは,いかにもはずかしいことでしたが,かといってそのまま後にひくことは.なおさらはずかしいことにおもわれたのです.

行司役に選ばれた妖精たちは,河の流れに誓いをし,岩の上に陣取りました.

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Pierides (mythology) - Wikipedia

そこで,くじも引かずに,勝負をしかけてきた姉妹たちのひとりがまず歌い出しました.

彼女は,神々と巨人(ギガス)たちとの戦いをうたい,巨人たちにありもしない名誉をあたえ,偉大な神々の手柄をけなしました.----」

----(中略)

 

 そこで,ムサは言葉をつづけた.

「わたしたちは,カリオペひとりにこの歌合戦をひきうけてもらうことにしました.

彼女は,やおら立ちあがると,みだれた髪を蔦(つた)でむすび,拇指で鳴りひびく弦の

調子をしらべてから,琴のしらべにあわせてつぎのように歌いはじめました」

 

六 プルトの恋 ケレスとプロセルピナ

 だれよりもさきにまがった鋤で土をたがやしたのは,ケレス(デーメーテール)さま.だれよりも先に国々に麦や畑の食物を与えたのも,ケレスさま.

 

----中略

ほんとうに,女神さまは,歌をささげるにふさわしいお方です.

 巨大なトリナクリスの島は,巨人の体軀(たいく)の上に積みあげられ,おこがましくも天国をうかがったテュボエウス(テューポーン)をそのおそろしい重みの下に圧しつけています.

----中略

かれは,しきりに大地の重石(おもし)を押しのけ,町々や大きな山々をはねのけようともがきます.すると大地は振動し,物言わぬ死者たちの王プルト/ハーデース)も,大地が裂け,大きな割れ目ができ,そこからさしこんでくる陽の光がおののく亡霊たちをおどろかせはすまいかと心配するのでした.

 こうした災禍をおそれるあまり,地獄の王者は,その暗闇の世界から出て,黒い馬にひかせた馬車にのり,シキリア島の土台を念入りに見て回りました.

----中略

たまたま山の上にすわっていてかれの姿を眼にとめたのは,エリュクスの女神ウェヌス女神/アプロディーテーのこと.宮殿がエリュクスにあった)でした.

----中略

「わたしのクピド(クピードー/エロース/英語名キューピット)よ.だれもうち負かすことのできるおまえの矢をとって,宇宙の三つの王国のうち最後のくじをひきあてたあの神の心臓に疾(はや)い矢をいこんでおくれ.

----中略

おまえも知っての通り,パラスアテーナーも狩りの女神ディアナ(アルテミス)もわたしの言うことを聞かなかったし(恋愛を知らないこと),あのケレスの娘も,わたしたちがこのままにしておおけば,いつまでも処女のままでいることだろう.

----中略

あの女神をその叔父にむすびつけておくれ!」

----中略

 

 

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ペルセポネー - Wikipedia

七 泉になったアレトゥサ トリプトレムスとリュンクス

 さて,慈悲ぶかいケレス女神デーメーテールさまは,娘のプロセルピナ(ペルセポネー)がふたたび手もとに戻ってくるようになりますと,胸ふさぐ心痛もすっかり消えたので,アレトゥサよ,なぜおまえが故郷を逃げだして,神聖な泉になったのかを,あらためておたずねになりました.すると,泉の波がしずまって,要請が泉の底から頭を出し,緑なす黒髪を手でかわかして,エリスの河の古い恋物語をはじめました.

 「わたしは,もとアカイアに棲む妖精のひとりでした.

----中略

 

 「さて,わたしたちの中で一番上の姉は,みごとな歌をこれでおわりました.

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審判官である妖精たちは,ヘリコンの山に住む女神たちが勝利をえたとの判定を口をそろえて下しました.わたしたちの相手は,歌合戦に負けたくやしさからさんざん悪態をつきましたので,カリオペはこう申しました.

『あなたたちは,歌くらべなどをわたしたちにいどんだだけでも罰をうける値打ちがあるのに,その過ちにくわえてまだ悪口まではくのですね.わたしたちの忍耐力にも限りがあります.こうなっては,もう処罰をくわえるしかありません.わたしたちの怒りを思いしるがよい!』

 けれども,エマティアの娘たちは,ただ笑って,このおどし文句を軽蔑しました.そして,なおもののしりながら,大声をあげて無礼にもわたしたちに手をくわえようとしましたが,みるみるうちにその爪から翼が生え,胸は羽毛におおわれました.

彼女たちは,めいめい口がかたい嘴(くちばし)にかわり,森に棲むあたらしい鳥になるのを.たがいに見たのでした.悲しみのあまり胸を打とうとしましたが,胸をうごかすと,たちまちからだが空中に浮きあがってしまいました.森のおしゃべりな鵲(かささぎ)になってしまったのです.

いまでもかの女たちは,翼のはえた姿のなかに,昔ながらのおしゃべり癖を,かしましいしわがれ声を,おぞましい話好きの悪習を,そのままのこしているのでございます」

 

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