1.東日本大震災から7年.今,被災地では想像を超えた事態が起きている(めざした"復興"はいま・・・ ~震災7年 被災地からの問いかけ~ NHK) 2.2万2081人 関連死含めた東日本大震災の死者・行方不明者(NHKニュース) 3. 東日本大震災7年 なお7万3000人避難(毎日新聞)  4. 東日本大震災7年・福島/帰還進まず膨らむ危機感(河北新報)

3月11日,東日本大震災から7年目の夜.

震災関連の番組・新聞記事を,少しだけですが,集めてみました.

 

1.NHKスペシャル,シリーズ東日本大震災 めざした“復興”はいま・・・ ~震災7年 被災地からの問いかけ~

この番組は,今,見終わったところです.

政府は「復興の総仕上げ」の段階としている被災地の状況を,大越キャスターが取材し,被災地では想像を超えた事態が起きていることを伝えていました.

被災地の現状のレポートは,概ね,次のような内容でした.

ただし,録画せず,そしてメモもほとんどとらなかったため,正確な記述ができません.私の思い込みの部分がかなりあるとは思います.不十分な記述になってすみません.NHK,ならびにこのブログを読んで下さる方々に謝ります.

その後に続いた「復興のあるべき姿」(復興大臣は,未だに「復旧ではなく復興を」と言っていました)も含め,できたら,再放送時に改めて書き直してみたいと思っていますが---.

ぜひ再放送をご覧下さい.

再放送予定 2018年3月14日(水)午前0時10分~1時23分(13日深夜)

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www6.nhk.or.jp

 

放送内容一部の概要

岩手県大槌町では,かさ上げと防潮堤が完成した.しかし,完成予想ではすき間無く家が建ち並ぶはずが,空き地が広がっている.使用予定のない区画も多い.居住を望まない方の土地は,市が買い上げる予定であったが---

区画整理事業のスピードについていけず,そのままになってしまった方.戻るつもりであったが,高齢・体調不良のため戻れない方.

「まず安全な町を」をめざしたものの,時間とお金が予想外にかかっていまった.その一方では,制度上(土地区画整理事業),区画案作成にスピードを要し,計画時点での住民の心は定まらないままであった.そして,住民が戻りそうもないと分かった時点での軌道修正=計画の縮小もままならなかった.

 

宮城県名取市閖上地区の災害公営住宅では,仮設住宅の時にあった孤立を防ぐ仕組みはなくなり,また,仮設住宅の時の友人は皆バラバラに入居.ある高齢者は「夜も眠れない」「生きていることがいやになる」と訴える.

高齢者だけではなく働き盛りの世代も追い詰められている.入居者の83%が「追い詰められている」,85%が「家計が苦しい」という.

娘を大学に通わせている男性.震災で会社経営が続けられず,復興事業の建設会社に就職するも会社が退去.現在はアルバイトで生活する.年収は150万.家賃も上がる予定の上,市が支援すると言われて引き受けた自治会長の職務のため休まる時間は無い.

市の方針は災害公営住宅に入居後は,「自立を促す段階に入った」と突き放し,生活再建のことは考えていないように見える.

 

福島県原発被災地区.当初約8万人が避難.避難指示が解除された地域では商業施設がオープンしたところもあるが,人影はまばら.戻ってきた人は平均15%.

各町村とも小中学校の再開をひかえているものの,富岡町では,1500人いた児童・生徒の1%16人しか戻ることを表明していない.

「自宅や職場が避難先にあり今すぐ戻るのは難しい」

放射線量が高い区域が残されている(帰還困難区域)」「放射性物質が積み上げられている」

最も多い75名が戻ることを表明している飯舘村.施設を統合し工夫した学校建屋.教育費の無償化.スクールバス運行も約束.75名が戻ることになっている.しかしその9割は村外に居住.戻ることを決めた子供は「友だちがいるから戻りたい」という.しかし村外で生活基盤を築きつつある家族が子供の意向に沿って村に戻ることは難しい.

 

2.2万2081人 関連死含めた東日本大震災の死者・行方不明者

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180311/k10011359931000.html

www3.nhk.or.jp

2018年3月11日 4時33分

 

東日本大震災で,警察がこれまでに確認した死者と行方不明者は1万8434人となっています.また,避難生活などで亡くなったいわゆる「震災関連死」は,国のまとめで3600人以上と「関連死」を含めた震災による死者と行方不明者は2万2000人を超えています.

警察庁によりますと警察によって死亡が確認された人は,合わせて1万5895人です. 

宮城県9540人

岩手県4674人

福島県1614人

茨城県24人

・千葉県21人

・東京都7人

・栃木県と神奈川県 各4人

青森県3人

山形県2人

・北海道と群馬県 各1人

死亡した人の99%は身元が確認されましたが,岩手県宮城県では依然として62人の身元がわかっていません.

 

また,警察に届け出が出ている行方不明者は,合わせて2539人です.

宮城県1223人

岩手県1116人

福島県196人

・千葉県2人

青森県茨城県 各1人

 

一方,復興庁によりますと避難生活による体調の悪化などで亡くなったいわゆる「震災関連死」は,去年9月末の時点で少なくとも合わせて3647人です.

福島県2202人

宮城県926人

岩手県464人

茨城県41人

・千葉県4人

・神奈川県と長野県 各3人

山形県2人

・東京都と埼玉県 各1人 

福島県茨城県では「震災関連死」で亡くなった人が津波など震災の直接の影響で死亡した人の数を上回っています.

 

これで東日本大震災による死者と行方不明者は,「震災関連死」を含めて少なくとも合わせて2万2081人となっています.

 

 

3. 東日本大震災7年 なお7万3000人避難

毎日新聞2018年3月11日 東京朝刊

https://mainichi.jp/articles/20180311/ddm/001/040/189000c

表 東日本大震災の現状(岩手県宮城県福島県

 

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(この表は,東北三県のみですので,全貌を反映しているわけではありません.2のNHK報道をご覧下さい.

 

避難者数が7万人以上いること,仮設住宅入居者がいまだに1万人を超えていること.

 

そして,三県の中では死者は一番少ない福島県が,関連死並びに避難者数が一番多いことが目を引きます.

NHK報道にもありましたが福島県の関連死は直接の死者を上回っています! yachikusakusaki)

 

 

記事は以下の通り.

 

東日本大震災7年 なお7万3000人避難

震災関連死を含め2万2000人以上が犠牲になった東日本大震災は,津波東京電力福島第1原発事故の被害などで,依然として約7万3000人が全都道府県に散らばって避難している.岩手,宮城,福島の3県では,高台移転による宅地造成や災害公営住宅(復興住宅)の建設が進む一方,1万2000人以上が今なおプレハブの仮設住宅で暮らしている.

  警察庁の9日現在のまとめでは,死者は1万5895人,行方不明者は2539人.復興庁などによると,関連死は2017年9月末現在,3647人(前年比124人増)で,うち福島が2202人(同116人増)を占める.【藤井朋子,宮崎稔樹】

 

4.東日本大震災7年・福島/帰還進まず膨らむ危機感

 河北新報 社説  2018年03月10日土曜日

社説|東日本大震災7年・福島/帰還進まず膨らむ危機感 | 河北新報オンラインニュース

 被災地の内と外の乖離(かいり)が進んでいるように思えてならない.東京電力福島第1原発事故との長い闘いが続く福島県内の被災地は,ことさら強く感じているのではないか.

 

 一つ事例がある.復興庁が2月に公表した双葉,浪江両町の住民意向調査の結果に対する受け止め方だ.

 帰還するかどうかについて「まだ判断がつかない」との回答が双葉町で26.1%,浪江町で31.6%となり,ともに1年前の前回調査から3ポイント余り増えた.一方「戻らない」は約1~3ポイント減った.

 この変動について吉野正芳復興相は記者会見で「帰れるという期待感が如実に表れた」と極めて前向きに捉えた.

 両町では昨年,帰還困難区域の一部で除染とインフラ整備を進める特定復興再生拠点区域(復興拠点)の整備計画が認定された.復興へ,確かに一歩前に進んだ.

 

 しかし,地元は少なからず違和感を覚えたのではなかろうか.被災自治体の幹部の一人は「そんなに単純に言っていいのかな,という印象を抱いた」と率直に言う.

 何しろ,目の前の現実は厳しい.大熊,双葉両町は全域避難が今も続く.既に避難指示が解除された区域では,住民が戻ってきていない.帰還困難区域以外が昨年春に解除された浪江町の帰還率は対象人口の3.3%,富岡町は4.6%にとどまる.

 

 「地域経済が動いていない.行政の努力だけではどうしようもない」浪江町幹部.

富岡町関係者も「帰還者の多い少ないを評価できない.町が立ちゆくかどうか問われれば現実は厳しいが,諦めずにやっていく」と語る.

 

 暮らしやにぎわいを取り戻す手応えをつかめず,途方に暮れそうになりながら,復興を目指す姿が浮かび上がる

 

 東日本大震災原発事故から7年.復興・創生期間(16~20年度)の半ばに差し掛かる中,政府が「復興の進展」を強調すればするほど,被災地支援の出口を探り始めているように映る.「最後の一人まで支援する」(吉野復興相)といくら繰り返しても,被災地の不安は拭えない.むしろ,膨らみ続けている.

 

 商業施設や産業団地の整備で暮らしや就労環境の再生などを目指す原発事故の被災自治体にとって,復興・創生期間終了後の財源不足が大きな懸念材料となってきている.

 内堀雅雄知事は「福島の復興は10年間では完遂しない.(復興・創生期間終了後の)道筋を付けてもらえるかどうか,県内では漠然とした不安がある」と指摘する.

 

 医療環境や廃炉作業中の原発のさらなる事故など,さまざまな不安が帰還をためらわせている.復興や廃炉の進展といった言葉で,避難者の声がかき消されてはならない.

 

 支援の出口ではなく,地域の将来を探るため,原発被災地の危機感と不安を共有することが改めて求められる