「ああ,ダメだ.交換した方がいいな」「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」 在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.「今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終の住みかと言うけれど…~取り残される被災者~1(在宅被災者)

あの日から8年.

東日本大震災の被災地は,建物の建設が進み,新たな街の姿に生まれ変わろうとしています.国が自宅を失った人のために建設する災害公営住宅は,ほぼ全てが完成しました.

しかし,終の住みかの扉の向こう側では,深刻な事態が起きています.

 

災害公営住宅自治会長「新聞や手紙が,いっぱいたまっていたんですよ.亡くなってたと」

取材者「どんな人だったんですか?」

自治会長「誰もわからないんです」

 

誰にもみとられずに亡くなる孤独死が1年で4割増加.被災者の孤立化が進んでいます.

 

一方,自宅を津波で流されなかった人も,

(畳をめくって)「これ,もう,(柱が)外れてんじゃん.そうだよ」

今も家を修理できずにいる人は,石巻市だけで2400世帯に上ります.

被災者1「直したくたって,直せない」

被災者2「『復興した』って言う人はいるけども,われわれは,復興してないもん」

 

原発事故が起きた福島.

ふるさとに戻らないことを決め,自宅を取り壊す人は,喪失感に襲われています.

(壊される自宅をみつめ)「何かダメです.気分が悪くなってきた」

ふるさとに戻ると決めた人も,変わり果てた町の姿を目にし,追い詰められています.

帰還した住民1「生きがいっていうのは,特にないですね」

帰還した住民2「死んだ方がいいんじゃないですか」

 

東日本大震災から8年.終の住みかを巡り,国の復興計画から取り残される被災者の知られざる実態です.

 

NHKスペシャル シリーズ東日本大震災 終(つい)の住みかと言うけれど…

~取り残される被災者~

2019年3月10日(日)

午後9時00分~9時54分

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NHKスペシャル | シリーズ東日本大震災終(つい)の住みかと言うけれど… ~取り残される被災者~

 

大越キャスター

「自分にとって,ここが終の住みかになると思ってきた家が,ある日突然消えて亡くなってしまったら,あるいは,変わり果てた姿になったとしたら,まずは,そこから,想像してみて頂ければと思います.

そして,今回,私たちが取材した人は,その悲劇が現実となった人たちです.

東日本大震災から,明日で8年です.国が10年と定めた復興期間も大詰めです.家を失った人たちのための,災害公営住宅は,岩手,宮城,福島の3県で,今月中にほぼ全てが完成する予定です.

形の上では,新しい終の住みかは整いつつあると言えそうです.

しかし,大きな喪失感は,今も被災者たちをさいなんでいます.

それどころか,支援の網の目から,こぼれ落ちてしまってる人も少なくありません.そうした人たちにとっての終の住みかは,今もあまりにも痛々しい姿をさらしています」

 

宮城県石巻市に,今も壊れたままの家に住む人がいると聞き,訪ねました.

家の外観は,特に問題はないように見えます.

一人暮らしの佐藤悦一郎さん.74歳です.

佐藤さん(柱の下部に張った紙テープを剥がしながら)「ほら,あらららら.すっかり抜けてっぺっちゃ.柱(の中が).見てみな.あと,1〜2年で落ちるんでね.この柱.こんなに腐ってるんだよ」

 

自宅は津波で一階部分が水没し,大規模半壊と判定.国からは202万円の補助が出ました.しかし,修理しきれず,床の基礎部分も壊れたままでした.

地震が起きたとき,佐藤さんは倒れてきたタンスの下敷きになり,脚に大けがを負いました.

佐藤さん「そして,(タンス)がドーンと飛んできて,頭に当たって,そして,ここ(膝)さ,ドーンと当たったわけよ」

けがのため,避難所に行けず,佐藤さんは,壊れた2階で,過ごすしかありませんでした.

 

震災直後,被災地には,自宅の1階が壊れ,かろうじて残った2階に逃れた,2階族と呼ばれる人が数多くいました.

様々な事情で避難所にはいかず,壊れた自宅などで避難生活を送った人たち.その後,在宅被災者と呼ばれるようになりました.

津波で,生活に必要なものを流された佐藤さん.厳しい暮らしに耐えかね,仮設住宅への入居を希望しました.しかし,

佐藤さん「市役所に行って,『仮設住宅に入りたいんだけど』と申請しに行ったのよ,そしてら,『佐藤さんの場合ダメだって』って.『なぜダメなの?』と言ったら,『佐藤さんの場合,自分の家があるでしょ』って.『2階で避難してたから,2階の部屋があるから,2階で住んでください』って」

 

実は,災害救助法の国の運用基準では,仮設住宅に入居できる対象を原則として次のように定義しています.

“家が全壊,流出するなどして,居住する住家がないものに供与する”

佐藤さんは,住む家があると見なされたために,仮設住宅への入居が認められなかったのです.

国の制度では,家を失った人と,家があると見なされた在宅被災者の間には,支援に大きな格差が生じます.

家を失った人は,避難所に行き,物資などの支援を受けやすくなります.その後は,行政が仮設住宅を無償で提供.更に,災害公営住宅を建設し,すまいを保障する仕組みです.

一方,在宅被災者の場合,私有財産の自宅の修理に使える補助金は最大258万円.それで,家が直しきれなくても,あとは,自助努力するしかありません.

 

しかし,8年がたって,その自助努力も限界に来ている現状が分かってきました.

年金暮らしの杉山榮(さこう)さん(78).

妻も子も病気で亡くなり,頼れる身よりもありません.家には,一階の天井近くまで,津波が押し寄せました.

もともと大工だった杉山さんは,国からの補助金を使い,自分で修理してきました.

在宅被災者を支援するボランティア団体,「チーム王冠」が訪ねてきました.代表の伊藤健哉さんは,

伊藤さん「お父さん,炊飯器って使えるの?」杉山さん「使えるよ」

しかし,家は,まだ冬を過ごせるような状態にまでには,直せていません.

作業者「これ,畳置いてある(納戸の扉のようにして立てかけてある)んだけど,実はこういう状況で(納戸の床が広範囲に抜けている),どう見ても風が入ってきますよね」「外が見えている」「そう,見えてる.簡易的にこれでしのいでいる状況で」

この日は,家の寒さを少しでも和らげようと,初めて畳替えを行うつもりでした.

ところが,

「ああ,ダメだ.(床のハリを)交換した方がいいな」

津波で水につかった床の木材が長期間放置されていたため,朽ちてぼろぼろになっていたのです.

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更に

「これも(土台から柱が)外れてんじゃん」「そうだよ」「土台から向こうに行っちゃってる」「そうそう」

津波に押されて,柱が土台から外れ,宙に浮いているのが新たに見つかりました.

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震災から時がたち,家の傷みは進んでいました.

「細かいことやりますから,言ってくれれば」

杉山さんは.段ボールを切って,穴を塞ごうとしていました.

「杉山さん,ゆっくりしてようよ.杉山さん」

(黙々と作業する杉山さん)

これが,杉山さんが8年間続けてきた自助努力でした.

 

応急処置として.すきま風を防ぐシートを敷き,畳を入れるぐらいしか,打つ手はありませんでした.

「ごめんね,疲れた?」杉山さん「なんぼかね」

「疲れるよね,ゴソゴソやられたら」

「でも,いいんじゃないの.やってくれたんだから」

震災から8年.

在宅被災者の間に,諦めが広がっています.

 

チーム王冠代表・伊藤健哉さん「たぶん,(助けてと)言えないんだろうね.我慢してればいいとかいうか.でも,本当は直したいですよ.でも,直したいけれど直せるお金は自分にはない.それを直すために使える制度がない.『何をどうやっても,もう無理だ』という感じで諦めているわけで,『直さなくてもいいよ』『いいよ,もう』って」

(画面は,ソファーで寝込む杉山さん)

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石巻市は,去年秋から,津波で被災した家に,今も住み続ける人たちへの,大規模な実態調査に乗り出しました.

市役所職員「おじゃまします.市役所生活再建支援課です.今日はよろしくお願いします」

対象は,自宅が大規模半壊以上の被害を受けた,およそ4000世帯です.

被災住民「こういう状態ですから.この床ね.段ボール貼って--.やっぱり,冬になると寒いんだよね」

これまでの調査で,実に6割にあたる2430世帯が,壊れた家を直したいと訴えていることが,判明しました.

市役所職員「この方は台所の壁のひびとかトイレのひびとか.

石巻市は,家の修理のために国とは別に,最大100万円を補助する支援制度を設けています.しかし,それでも直しきれない人が多くいることに,担当者も限界を感じています.

生活再建支援課阿部主査「どうしたらいいんでしょうね.日々悩むしかないです.国に責任を押しつけるわけではないんですけど,基礎自治体として,やるべきことを考えてやって,できないことも多々あるという実感を得たというのは間違いないことなので.う〜ん.なんか,限界かなって感じることが多いですね」

 

この8年間.壊れたままの家で暮らしてきた佐藤さん.

厳しい環境で,次第に体調を崩し,病院通いが欠かせなくなりました.医療費がかさみ,食費にも困るようになっています.

佐藤さん「うどんはね.3袋で100円なのよ.三つ入って100円.もやしは15円.もやし,一番安いのな,野菜で」

佐藤さん(うどんを食べながら)「俺,最近,思ったのはさ.震災になって7年目になってさ.自殺するっていう人の気持ちが分かってきた.だんだんと.何にもかにも,考えても考えても,生活が苦しくて苦しくて,生きる力が,考えれば考えるほど,暗くなってきて,明るい気持ちが持てなくなったのよ.それで,死んだ方が楽だな,と思って,死んだ方が何も考えることないなって」

 

大越キャスター

「私は,津波から3ヶ月ほどたった頃.この地区を訪ねたことがあります.かろうじて残った自宅の2階部分などで,細々と暮らす人が多かった地区です.

しかし,2階族といわれたそうした人たちの中に,未だに,当時のままの苦しい生活を送る在宅被災者が,数多くいることに驚かされました.

同時に,そうした在宅被災者を生み出す制度的な原因も浮かび上がってきたように思います.

それは,今の被災者支援制度の物差しが,家というものに偏りがちだということです.家を失った人には住まいを提供するけれども,家が残った人には自助努力を求めるという,画一的な制度設計が限界をむかえていると言えそうです.

実際,去年発生した数々の災害,大阪北部地震や,西日本豪雨などの被災地でも,すでに高齢者を中心に家を修理する資金が足りないと訴え,壊れた家を直せずに暮らす人が,多数,確認されています.

今の制度のままでは,これからも災害があるたびに,救われずに取り残されていく人たちが生み出されていく可能性があります」

 

「では,真新しい災害公営住宅に移った人たちの暮らしは,どうなっているのでしょうか?

政府が,復興の総仕上げの象徴と位置づける頑丈な集合住宅.

しかし,そこの暮らしも,また,いくつもの歪み(ひずみ)が,明らかになっています」

 

続く

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