西園寺マモル(吉岡秀隆)「捜せばある.あると思えばある.みつけられる人にはみつけられる---あっ」/ 沢田ひとみ(吉岡里帆)「あの,図書館の仕事ではないのですが,別の仕事なら,叔母の働いているところで,朗読する人を捜しているようで,どなたかいい人いないかって.----印象的な声なので」NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(1)

山口県が生んだ詩人・中原中也の詩を軸に.美しい風景と詩の朗読が響き合うファンタジックで心温まる物語です.

ある日突然,妻に去られ,眠れない日々を過ごす主人公.

深夜,ひょんなことから“24時間図書館”を訪れたことをきっかけに,物語は動き始めます.中原中也を愛する老婦人を過ごすひとときのなか,彼は,思わぬ形で妻の思いを知ることに---.

NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」のホームページ紹介文です.紹介文の通り「中原中也の詩を軸に.美しい風景と詩の朗読が響き合うファンタジックで心温まる物語」でした.

脚本がすばらしい.出演者皆さんが好演.吉岡秀隆さん,市原悦子さんはもちろん,周りを固める実力派 山下真司/緒川たまき/市川実日子/緒川たまきさん

そして若手ながら「美女と男子」「花子とアン」「ゆとりですか何か?」とたてつづけに私が好きなドラマへ出演して様々な役を演じきった 吉岡里帆さん

以下に 採録します.

 

NHK山口発地域ドラマ「朗読屋」(1)

f:id:yachikusakusaki:20170122181646j:plain

 

(映像:アパートの布団で寝ている西園寺マモル 小鳥の鳴き声 寝返りを打つ しらみ始める空)

(映像 清掃作業をするマモル.落ち葉をこぼしてしまう)

清掃員角田「ちょっと何やってんですか.ホントに何やってもダメな人だな」マモル「すみません」(いきなり路上に倒れる)

「えっ? ちょっと,西園寺さん!」

医師「ストレスから来る不眠.そうですね.鬱病の初期症状といっていいと思います.少し,仕事をお休みになった方が良いと思います.多いんですよ,それぐらいの年齢の方は.まーあまり頑張りすぎないで下さい」

(アパート.ベランダに続く窓を開けるマモル.外は雨.洗濯物を取り込む.スマホ着信.「西園寺サユリ」

マモル「はい」サユリ「久しぶり.ビックリした?」「うん」「元気?」「元気---です」「やだ.何敬語使ってるの?」「君は?元気だった?」「うん.まーね.何してた?」「雨が降ってきたから,洗濯物取り込んでた」「雨?」「うん」「そう.私のところは降ってない.新しい仕事は見つかった?」「いやっ.清掃のバイト始めたんだけど--」「使えなそう」「うん.ことごとく使えなくて,今日やめた」

サユリ「いやよ.元旦那がのたれ死になんて.寝覚めが悪い.ねーあなた.私が出て行っても,悲しくてもなんともなかったでしょ?」「えっ?」「やっぱり」

マモル「ごめん.悲しいとかが,よく分からないんだ.でも,君が出て行ってから,よく眠れない」「そう.でもそれは私のせいではなく,きっとあなた自身の心の問題よ.前の会社でいろいろあったし」

マモル「うん,ふー.夜中も開いてる図書館があればいいのに.世の眠れない人々のために」「あるわよ」(マモル咳き込む)「まさか」「わたし,そこであなたと一緒に暮らしているとき,たまに夜中に行ったもん」「どこにあるの.その図書館は?」

サユリ「教えてあげない.わたしのとっておきの場所だったから.捜せばある.あると思えばある.みつけられる人にはみつけられる.そういうもんよ.うふふ.訊きたいことがある

マモル「うん?」「そこを出るとき,私の持ち物はすべて棄てるか持っていくかしたつもりなんだけど,大切なものが一つ見つからない」「指輪?」「あれはわざわざ置いていった」「そう」「分からないっていうことは,あなた,何もみつけてないのね?」「なに?」「ねー.約束してくれる?」「うん?」もし私の忘れ物をみつけても,何も見ないで直ちに棄てて「えっ?」「絶対にすぐ棄てて.ねえ,お願い」「わかった」「話せて好かった」「ぼくも」「じゃ」

 

(タイトル 朗読屋

(画面 寝床で天井を見上げるマモル)

 

(マモル,バイクに乗って夜の街へ---図書館を捜してまわる)

マモル(独り言)「とっておきの場所,----- 捜せばある.あると思えばある.みつけられる人にはみつけられる」(急ストップ)「えっ」(道路にヒキガエルヒキガエルの歩いて行く先をおって,見上げると--)「あっ」「24時間開館.スサ図書館」の看板---入館し,本を手に取り,読み始めるマモル)(入り口に向かうヒキガエル

(受付の女性司書沢田ひとみの横からの映像)

マモル「あの,これお願いします」ひとみ「初めてのご利用ですか?」「はい」「ではこちらに記入お願いします」

(座って書類に記入するマモル.立って見つめるひとみ.マモル気づいて見上げ)マモル「えっ?」ひとみ「干からびたゾンビみたいな顔してますよ.眠れるといいですね」「(本を渡しながら)はい.今月22日までの貸し出しとなります.ご利用有り難うございます」

マモル「あのー,つかぬ事うかがいますが,夜の図書館で働くってどんな感じですか?」ひとみ「本好きにはたまりません.昼間よりずっと静かですし,何よりも夜の音を聞きながら仕事ができます.給料はまー安いけど」「うらやましいなー,本に囲まれて仕事をするなんて」「たまにパートの募集があります」「ほんとに」「いやー,今は募集はしていません」「そうですよね.済みませんでした,ちょっと訊いてみたかっただけだから,どうも有り難う」

ひとみ「あの,図書館の仕事ではないのですが,別の仕事なら,叔母の働いているところで,朗読する人を捜しているようで,どなたかいい人いないかって,いわれていて.本に関わる仕事ですし,それに---,とても---,印象的な声なので」「声?」「もちろん嫌だったら断って下さい」「いや,興味あります」

(メモを持って港へやって来たマモル.船の動力の音,カモメの鳴き声,波のおと)

マモル「すみません.ここに行きたいんですけど」船頭倉田「(メモをゆっくりみて)何しに行くんじゃ?」「朗読の仕事があるって訊いて」「ほー.あのバアさんまだ生きとるんきゃ」

(船で島へ.木立の間をとおって,古い洋館ふうの建物へ.建物周りを見回していると,いきなり木の扉が開いて--)

世話役早川「西園寺様,いらっしゃいませ.お待ちしておりました」「はあ」

(扉をノック)「はい」

(部屋へ入ると,ベットに身を起こした老婦人(小笠原玲子)がひとり.顔を向けることなく,本を読み続ける.早川,本棚から「山羊の歌」を取り出し,ケースから出し,「サーカス」のページを開けて)早川「これを読んで下さい」「はい」「説明は後ほど,とにかくこれを朗読して下さい」

f:id:yachikusakusaki:20170123001206j:plain

マモル

「幾時代かがありまして 茶色い戦争ありました 

 幾時代かがありまして 冬は疾風吹きました   

 幾時代かがありまして 今夜此処での一と殷盛り(ひとさかり) 

 今夜此処での一と殷盛り 

 サーカス小屋は高い梁(はり) そこに一つのブランコだ 

 見えるともないブランコだ ------ 

 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん ----」

 (サーカス)

(小笠原,本を置いてハンカチを目にしばらく当て,顔を上げて)

小笠原「捜していました,その声を」

(早川,いきなりカランカランと手ぶり鈴を鳴らして)

早川「おめでとうございます.西園寺様.あなたが合格者です」「はっ.何の?」

(家を出るマモル.早川扉を閉めて)

早川「では3日後にお願いします」「はい」「これ前金です」「どうも」

早川「しかしながら,西園寺様.あなたの朗読はまるでダメです」「えっ」「今日のところは仕方がないと思いますが,まったく気持ちがこもっていない.これはもう見事なまでに全くです.ただ読めばいいと思っている」(頷くマモル)「できるだけ厳粛に.それでいて内側には燃え上がるような感情を込めて読むように心がけて下さい.訓練するように」「はい」

早川「朗読をなめるな!」「すみません」

「あら,キンモクセイの香り,秋だわ」

(木立を通って帰るマモル.歩きながら封筒を開けると,思わぬ大金が)「わー」

(夕暮れの海,船の上.船頭の歌)

倉田「ポッカリ月が出ましたら,舟を浮べて出掛けましょう。波はヒタヒタ打つでしょう」

 

(夜間図書館)マモル「今晩は」ひとみ「今晩は,(返された本を受け取りながら)どうでした?朗読の仕事」「決まりました.なんだかよくわかんないけど」「そうですか.好かった」

マモル「よかったんだか.なんていうか,狐につままれたような感じ」

ひとみ「狐ですか.----.狐の嫁入り.狐に小豆飯」

マモル「虎の威を借る狐」「狐にゾンビ」「そんなのあったっけ?」「いえ」「かなりひどい顔してる?」

ひとみ「はい,干からびたゾンビです」「うまく眠れないんだ」「図書館は何時でも開いております」「とにかく朗読の仕事をやってみようと思います.有り難うございました」「いえ」

(立ち去りながら思い出して)

マモル「あっ.干からびたサボテンを復活させるにはどうしたらいいか,知ってますか」ひとみ「たっぷり水を飲ませて,日に当てること.干からびたゾンビも同じです」「そうなの」

(アパート,サボテンに水をやるマモル.ベランダの椅子に腰掛け日に当たり,残りの水を飲む)

 

(島の浜辺,車いすの小笠原)「今日の波は,フロリダね」「ええ,奥様」

(マモル,用意された椅子に腰掛けると)

小笠原「もしかしてあなた,私がお金持ちだから何でもできるってそう思ってらっしゃる?」「えー,まー」

 

小笠原「そうでしょう.私もそう思ってたの.お恥ずかしい話だけど.でも,ぜーんぜん.そんな簡単なことではなかった.私はね.父の声が聞きたかったんです.私が幼い頃,枕元で本を読んで下さった父の声.この耳でもう一度聞いて,父のこと思い出したかったの.父の声を捜していろいろな方に来ていただいた.つまり,オーディションね.地球上には,そっくりな人が三人いるっていうでしょう.きっと声だって似ている人がいるはずだって,そう思って.でもね.早川はまるで要領を得ず,地域の朗読会だの妙な大会へ行ってはろくでもない男性を集めてくるし.私の体はその間どんどん使い物にならなくなってしまって.でもどれだけお金と時間をかけても,見つからなかった.どなたの声も違ってたわ.だからもう,すっかり諦めようとしてたんです.そこへあなたが現れて」

 

早川「しかし,奥様.図書館で働く姪に相談したのはこの私でございますが」「もっと早くに相談して下さればよろしかったのに.ずいぶん無駄な時間を過ごしました.嘆かわしい」「(横に跪いて)嘆かわしいって奥様.それは言い過ぎです(コップを手渡しながら)」

小笠原「(渡されたコップを受け取り,水を飲み)でもおかしなものねー,うふふふ.どうしてもって思っている間は,なかなか欲しいものが手に入らないのに,気持ちを手放したとたんに風のようにあなたの声がやって来た.ふううう.ふふふふ.さあ.今日の朗読をお願いします」「はい」

マモル

「ある朝 僕は 空の 中に、

 黒い 旗が はためくを 見た。

 はたはた それは はためいて ゐたが、 

 音は きこえぬ 高きが ゆゑに。 

 手繰り 下ろさうと 僕は したが、 

 綱も なければ それも 叶(かな)はず----」

  (曇天)

 

早川「これ,本日の謝礼です.恐縮です」「ええ,恐縮すべき金額です.全く準備がなされていない」「すみません」「はっきり申し上げます.奥様はもう長くはありません」「えっ」「奥様を心穏やかに見送って差し上げるのが,私の最後の仕事です.奥様を満足させられないような朗読をするなら,この私が許しません.訓練するように」「でもどうすれば」

早川「例えば,詩が生まれた場所で作者になった気持ちで,詩を読んでみるのもいいでしょう.文字の裏に隠れた感情がふつふつとわき出てきますか」「詩が生まれた場所?」

「さんま,  サンマ食べたいわ----- ではごきげんよう

(船の上)倉田「ポッカリ月が出ましたら、舟を浮べて出掛けましょう。波はヒタヒタ打つでしょう、風も少しは(湖上)

マモル「それ,こないだも歌ってましたけど,なんの歌ですか?」

(エンジンを止めて)倉田「さっさと降りんか」「こんな海のど真ん中」「ええから,はよー降りー」「中也をシランボケが,はなから,わしの船に乗るないやー.あっ?わりゃ,どこのもんきゃ」「い,いば,茨城です」「へじゃあ,なんしに来たんか?」

マモル「妻が,元妻ですけど.がこちらの生まれで」「元妻?」「今度は許してやる.けど,次来るときはようけ勉強しとけ.山口ちゅうたら中也いやあ.中也ゆうたら山口やあ.あたりまえじゃろうや」「チュウヤって中原中也ですか」「われが呼びすてにすんないやあ」「すいません.すいません」「あのバアさんも,こねえなもん雇うて,もうろくしとりゃせんか.  あみゃあまさかここのイカ,まだ食うちょらんちゅう事はないろうのお」「イカイカですか?」

(食堂に入るマモル)店員 緑「いらっしゃいませ」マモル「きつねうどんと---,イカ 下さい」「ふっ,変な組み合わせ」

「あっ」「あっ」

(うどをすするマモル)マモル「すっごく食べづらいんですけど」

(前に座った緑)「どうぞ遠慮なく,---何しにきたんですか?いまさら.もう,この辺りに用はないはずですけど」「彼女からスサ図書館の事聞いて行ってみたくなったんだ」「姉から連絡があったんですか?」「1週間くらい前に」「何か言ってましたか」「忘れ物があるとかなんとか」「あとは?」「指輪をわざわざ置いていったとか」「それだけ?」「だいたい」

「む〜.きっともう戻りませんね」

(うどんをすすり始めたマモルを見て)「何とも思わないんですか?」マモル「何を思ったらいいの?」「姉がいなくなって寂しくないんですか?捜そうとか思わないんですか? そんなひどい顔してるから,姉のこと思って,毎晩眠れないのかと思ったのに」「眠れないのは事実だけど」「姉が出て行った理由が分かる気がします」

(テーブルを叩く.大きな音!)

「姉は言ってました.一見優男に見えるけど,いつもぼけっとして何を考えているかよく分からない.優柔不断で大事な決断ができない.そのくせ仕事バカで家庭を顧みず,何をやらしてもすべてにおいて不器用でなっーんの取り柄もない人だけど,あなたの声だけは好きだったって」

 

(中也記念館を歩くマモル 記念の碑の前で書いてある詩を読む)「あゝ おまへはなにをして来たのだと……  吹き来る風が私に云ふ」

 

(以下続く)

yachikusakusaki.hatenablog.com

 

 

中原中也記念館

f:id:yachikusakusaki:20170123001224j:plain

 

 

帰郷 (全文)

 

柱も庭も乾いてゐる

今日は好い天気だ

    縁(えん)の下では蜘蛛の巣が

    心細さうに揺れてゐる

 

山では枯木も息を吐(つ)く

あゝ今日は好い天気だ

    路傍(みちばた)の草影が

    あどけない愁(かなし)みをする

 

これが私の故里(ふるさと)だ

さやかに風も吹いてゐる

    心置なく泣かれよと

    年増婦(としま)の低い声もする

 

あゝ おまへはなにをして来たのだと……

吹き来る風が私に云ふ