前回,前々回取り上げたように.肉じゃがは,ʼ70年代にようやく登場した比較的新しい料理です.
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2024/05/30/115900
https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2024/05/31/235916
にもかかわらず,
「懐かしさや親しみの郷愁を織り交ぜて,男性(*)の情緒に訴えかける味」=「おふくろ(*)の味」
(*「おふくろ」は,男性が使う言葉で,女性はほとんど使わない)
という物語によって,「肉じゃがはおふくろの味の代表格である」という認識や世界観が一九八〇年以降,急速に形成されました.
(「おふくろの味」幻想~誰が郷愁の味をつくったのか~ 湯澤規子 光文社新書 :「おふくろの味」はメディアが作り出した情緒的で実体の乏しい概念で,幻想ともいえます.)
このようなイメージの定着には,女性向けの本やテレビ番組などのメディアが重要な役割を果たしましたが,一方で,肉じゃが自体が「懐かしさや親しみの郷愁を織り交ぜて,男性の情緒に訴えかける」力を持っていたと思われます.
このような肉じゃがの持つ力について,魚柄仁之助氏は,「懐かしい味の『懐かしい』のは,肉でなくてイモだった」と喝破しています.
ざっとまとめると:
▽1970-80年代に働き盛りの男性の母親は,戦争・敗戦・戦後食糧難の時代を生きてきたため,それ以前の食の継承が困難でした.
▽〜昭和二十五年(1950年)頃まで:イモだけの芋煮のレシピがたくさん出回っており,イモの煮っ転がしは重要な主食・副食となっていました.その際,肉は贅沢品で使われることはありませんでした.
(沢山の「イモの煮物」のレシピが料理本に載っており,イモはじゃがいもに限らず,里芋,山芋,さつま芋の場合もある.スルメやニシンを入れることもあったが,大戦前後はイモだけの煮っ転がしが中心で,味・料理法に工夫が施されてきた)
▽人にとって,母親の味とは,その人が生まれてから十八才ぐらいまでに母親が食べさせてくれた食べ物の味の影響が大きいと言えます.
1970-80年代に働き盛りの男性にとって,生まれてから十八才ぐらいまでに母親が食べさせてくれた食べ物の中で,イモだけの芋煮は好きな味覚の原点の一つとなったと考えられます.そして,親元を離れて,外食中心,加工食品中心の食生活をするようになったとき,ふと懐かしさを感じた料理が芋の煮物でした.
▽1950年以降,様々な肉の細切れ(くず肉)を使った肉豆腐,肉いりの芋料理が作られるようになってきます.
そして,1970-80年代にマスコミが盛んに取り上げるようになった料理名は,芋の煮物ではなく,肉じゃが.「きっと昔から親から子へと伝統的につくられてきたのだろう」=「肉じゃがはおふくろの味」と思い込んだ.マスコミがそれを先導し,大いに後押しもした.
さらに,つけ加えさせて頂くと:
魚柄仁之助氏は芋を強調して,肉についてはほとんど触れていません.しかし,1970-80年代に働き盛りの男性にとって,今まで十分に食べることができなかった肉は,憧れの食材であると同時に美味しさの象徴ともなっていたと思われます.
肉じゃがは,懐かしい芋煮が,肉を伴うことでさらに美味しくなって登場した食べ物.加えて,手作り感や和の風情ももつ,まさに理想の懐かしい料理と捉えられた可能性が大と思われます.