八重桜・遅桜を詠んだ短歌2 「八重桜は異様ことやうのものなり」(兼好法師)と思う方もおいでかとは思いますが,私は考えを改めています.八重桜も見事です. 咲垂るる八重ざくら花ゆらぎ出でいや照りつつも重くしづまる 窪田空穂  いやはてに鬱金ざくらのかなしみのちりそめぬれば五月はきたる 北原白秋  八重ざくら春の名残りと散り頻(し)くに心は寄りて木の下に来つ 村松英一  ここに孤(ひと)りとなりゆくことの淋しさに今朝のひかりに咲く八重桜 柴谷武之祐

今満開の鎌倉極楽寺の八重桜.とても見事な花でした.

 

以前は,桜は一重.八重は邪道などと思っていましたが,そんなことはありませんね.

しかし,中には,「桜は一重に限る」と思っておられる方もおいでになるように思います.徒然草兼好法師がその代表でしょうか?

古今短歌歳時記では,徒然草の一節を引用して,「兼好は八重桜・遅桜には批判的である」としています.

 

徒然草一三九段

家にありたき木は、松・桜。松は、五葉(ごえふ)もよし。

花は、一重ひとえなる、よし。八重桜は、奈良の都にのみありけるを、この比ぞ、世に多く成り侍はべるなる。吉野の花、左近(さこん)の桜、皆、一重(ひとえ)にてこそあれ。

八重桜は異様ことやうのものなり。いとこちたく、ねぢけたり。植ゑずともありなん。遅桜おそざくらまたすさまじ。虫の附きたるもむつかし。

 

吾妻利秋訳

https://tsurezuregusa.com/139dan/

家に植えたい木は、松と桜。五葉の松も良い。

桜の花は一重が良い。「いにしえの奈良の都の八重桜」は、最近、世間に増え過ぎた。吉野山平安京の桜は、みな一重である。

八重桜は邪道で、うねうねとねじ曲がった花を咲かせる。わざわざ庭に植えることもないだろう。遅咲きの桜も、咲き間違えたようで白ける。毛虫まみれで花を咲かせるのも気味が悪い。

 

八重桜と遅桜・遅咲きの桜は,同じ桜をさしていると考えてよいとのこと.八重桜は,一重の桜のあとに咲くのが一般的ですね.

ただし,俳句では,一般の桜も八重桜・遅桜も,晩春の季語とのこと.

https://kigosai.sub.jp/001/archives/1993

https://kigosai.sub.jp/001/archives/16526#:~:text=八重桜

確かに八重桜の開花は夏というほど遅くない.

小沢蘆庵は上手に歌にしています.

夏やとき春やおくれし卯の花に咲きあはせたる遅ざくらかな  小沢蘆庵 六帖詠草

 

https://tenki.jp/suppl/miyasaka/2017/04/17/22031.html

奈良七重七堂伽藍八重桜  芭蕉

風声(かざごゑ)の下り居の君や遅桜  蕪村

八重桜日輪すこしあつきかな  山口誓子

山に出て山に入る日や八重桜  成瀬櫻桃子

 

生け花の世界でも、遅く咲く八重桜は,季節の合間を埋める重要な花となっているようです.

https://www.aoyamahanamohonten.jp/blog/2022/02/22/types-of-sakura/

 

 

八重桜・遅桜を詠んだ短歌2

(古今短歌歳時記より)

(昨年もこの題目で取り上げたので, https://yachikusakusaki.hatenablog.com/entry/2023/04/04/000037

一部重複します)

 

風さそふ雨ふりいでて八重桜ちりかふ中を飛ぶつばくらめ  岡麓 朝雲

 

咲垂るる八重ざくら花ゆらぎ出でいや照りつつも重くしづまる  窪田空穂 卓上の灯

 

いやはてに鬱金ざくらのかなしみのちりそめぬれば五月はきたる  北原白秋 桐の花

 

ひともとの稚木(わかぎ)のさくらしほがまの八重咲く花の咲きしだれたり  若山牧水 山桜の歌

 

八重ざくら春の名残りと散り頻(し)くに心は寄りて木の下に来つ  村松英一 山の井

 

抱へゆく甕の桜の八重ざくら畳の上に花こぼれつつ  杉浦翠子 藤浪

 

遅ざくら咲きかたぶけり下道をわがゆくときに花片(はなびら)の散る  筏井嘉一 荒栲

 

ここに孤(ひと)りとなりゆくことの淋しさに今朝のひかりに咲く八重桜  柴谷武之祐 さびさび歌

 

今年また花にむかへばいささかの風にも重く八重桜さく  佐藤佐太郎 星宿

 

八重のさくら咲きくづれゐるゆふやみの襞いろあふれ人ゆきはてし  河野愛子 鳥眉